2024年9月13日金曜日

記憶の抑制に意味があるのか? 4

 服部先生の発表は思考抑制についてである。そして実際に意図的な思考抑制を行った結果、思考頻度が低下すること、またリバウンド効果(抑制が解除された際には過剰に思い出してしまうこと)はあっても非常に小さいということを示していただいた。つまりいわゆる「逆説的効果」(忘れようと思う程かえって思い出してしまうこと)は神話であるということであった。これは臨床家である私にとっては大きな学びであった。なぜなら私もこの神話に影響を受けていたからである。つまり治療者も患者も自分の「忘れよう」という努力の効果をもっと信じるべきであるという教えを受けたことになる。またあることを考えまいとするとその抑制対象に対するネガティブな認知が強まるということもとても興味深いことである。

服部先生の発表の臨床的な示唆としては、病気の人は思考抑制を行なっており、それはある程度うまく行っているもののその実感がなく、また抑制対象はますます不快なものに感じてしまうということである。そして服部先生の最終的な結論は以下のものである。
「基礎研究では、思考抑制の短期的な効果を証明している。しかし臨床では思考抑制の習慣化があまり根拠なく問題視されてきている。」

 これに対する私の討論は、以下の通りとなる。「服部先生のおっしゃる通り、思考抑制は患者においても起きるべくして起きるのであり、それが患者の苦痛の軽減につながるのであれば、その患者の努力を評価すべきであろう。またやがて患者が回復した時には、回避することでよりネガティブに思えてきたその思考に再び取り組むことも悪くないであろう。
ただしこの議論は恐らくエピソード記憶について主に言えるのではないか。それはうつ病や神経症水準の患者さんに対しては言える事であっても、私が多く扱うPTSDや解離などのトラウマ関連障害の患者さんに関しては、上手くいかないことがある。それは患者が抑制したい思考や記憶は、いわゆるトラウマ記憶であり、それは意図的な抑制の対象にはならない可能性があるからである。事実PTSDにおける記憶の問題は、この意図的な抑制が十分に行えないという事情にあるということを研究は示しているからである。だからトラウマ記憶の抑制よりは、彼らの記憶のコントロールシステムに働きかけなくてはならないという研究結果がある。

参考文献)Alison Mary et al.(2020)  ,Resilience after trauma: The role of memory suppression.Science367,