2024年9月14日土曜日

記憶の抑制に意味があるのか? 5

 さて次は小林先生記憶の抑制についてのお話である。

小林先生がお作りになった心理学ミュージアムの「嫌な記憶よさようなら~記憶を意図的に忘れる~」も拝見した。私自身もかつて「精神科医が教える忘れる技術」(2019年、創元社)という本を出したこともあり、その意味では私が関心を持っているテーマでもある。

実は専門的なお話が多くてあまり理解は出来なかったが、結論としてはネガティブな記憶はネガティブな気分を誘導するという負のループが成立しており、ネガティブな記憶の抑制は実際に効果があるだけでなく、治療的にも役立つのではないかということである。これはまさに、トラウマ記憶を呼び覚ますとそれが再外傷体験につながるというロジックともつながってくるという意味では有意義なことである。また小林先生の最後のスライドにあった、Levy & Anderson の研究、つまり侵入の程度において海馬が不活化されるという発表は示唆的であった。このことをおそらく臨床家の多くは知らないと思う。この小林先生の研究も私が述べている臨床的な事実、すなわちつまり外傷的な記憶の想起は是々非々で行なうべきであり、いたずらに想起することは再外傷体験につながる可能性を常に注意すべきである、ということに繋がる。ただし服部先生のご発表に対する討論でも触れたとおり、この議論は恐らくエピソード記憶について主に言えるのではないか。トラウマ記憶に関しては、この抑制の機能が上手く行っていないために、この考え方が必ずしも当てはまらない場合もあるのではないかと思う。

松本先生自伝的記憶の概括化(OGM)の研究をもとに発表されている。これは認知療法でいうところの「自動思考」に相当するものがうつ病で生じているということを意味するだろう。つまり過去を回想する際にも、個々の事例を客観的な目で想起することなく、過度の一般化を行ってしまうという傾向だ。そしてこの過度の一般化は自動思考の一つである。

また松本先生が最後に示された「統合的な枠組み」は興味深いものである。要するに患者においては抑制対象となるネガティブな思考や記憶が多いという事実は確かにあり、それに対処する必要があるということだ。これはある意味では基礎研究を超えてその臨床的な応用を考えてのことであり、とても臨床畑の人間にとってはありがたいことである。恐らく患者さんたちも思考や記憶の抑制の機能はかなり正常に働いているものの、過去の記憶のネガティブな記憶が多すぎるという問題があり、これはトラウマを負った患者さんたちにまさに該当する。精神分析の様に何を抑圧しているかを探ることよりは、そのネガティブな思考や記憶そのものをどのように扱うかという問題意識はよりシンプルであり、治療目標としやすいであろう。

これに関連して臨床上問題となるのは、実際に客観的なトラウマ記憶がないにもかかわらず、常に「誰にも愛されなかった」「ひどい扱いばかりを受けてきた」という訴えを持つ患者さんたちである。そしてそこにはネガティブな解釈をする傾向にあるBPDや発達障害の問題が関与しているものと思われる。