ちなみにメタ認知行動療法では、CAS(Cognitive Attentional Syndrome 認知注意症候群)という概念があり、いわば捉われている思考を意味し、それを平常心(DM:ディタッチト・マインドフルネス)に戻すことが治療の眼目とされるという。その為のトレーニングなども治療手段として提示されているが、これも上と同類と見ることが出来るであろう。
ではむしろ感情に焦点付けし、それを表現することを促す治療にはどの様なものがあるだろうか?これは精神分析理論に一脈通じる部分がある。フロイトは感情を抑圧することが神経症につながるという考え方を持っていた。フロイトにおいてはリビドーがうっ滞し、蓄積されることが害悪であるという根強い考えがあった。あるトラウマ的な出来事に関する感情が閉じ込められている場合、それを表現することで症状がおさまるというのがいわゆる除反応 abreaction による効果である。フロイトは先輩医師ブロイアーと共に、これがあらゆるヒステリーの患者にとって有効であると考えた。
ただしこの除反応は、現代的な視点からは、時にはそれが再トラウマ体験に繋がってしまうという問題がある。激しい感情表出の後、そう促されたことによりスッキリする場合もあれば、恨みや怒りが治療者に表出されることがある。
ちなみにフロイトにおける情動の表出については、彼のエネルギー経済論的な考え方が影響を与えている。フロイトは情動が転換されて症状になるとした。そしてそれが理解され、言葉を与えることで症状が改善すると考えたのである。ただこの転換の概念については科学的なエビデンスがないということで、DSM-5(2013)およびICD-11 (2022)においては今後は用いられないという方針が示されている。現在の精神医学はトラウマモデルに舵を切りつつあり、そこではトラウマ記憶をいかに扱うかということが問題となる。つまりそれを思い出そうと、むしろそっとしておこうと、どれだけそれが日常生活の邪魔にならないかを考えるのである。
ちなみに感情の表出に治療の主眼を置く理論も多く存在する。その一つが持続エクスポージャー法である。
侵入的な回想をいかに扱うか
より臨床的な立場から記憶の問題について考える際、一番問題になるのは、侵入的な回想である。記憶や思考は、それが侵入的である限りにおいて、病的なのである。ある日夢の中で昔の光景が突然現れる、とか日中の覚醒時にあるイメージが突然降ってくるという形を取る。もちろんテレビである映像を見たとたんに昔の記憶がよみがえるということもある。これらは一般にフラッシュバック(FB)と言われるが、これをいかにコントロールするか、あるいは突然襲ってくる記憶をどう処理するかというのが最大の問題になる。
結局この問題は記憶の再固定化の問題に行きつくものと思われる。
上手く再固定化されれば治療的であり、そうでなければ非治療的である。そしてそれはあまりにケースバイケースなのだ。記憶が labile な状態で何が起きるかが決定的に重要である。