2024年9月8日日曜日

記憶の抑制に意味があるのか? 1

 昨日(9月7日)に開催された日本心理学会の公募シンポジウム 「抑制は精神症状を悪化させるのか? 基礎研究と実践知の乖離」に討論者としてお招きを受けた。信州大学の松本昇先生の企画からのお誘いを受けたのである。ここから何回かは、討論者としての準備ノートを含む。

記憶や感情を抑えることの是非、というテーマは、トラウマ治療では常に問われている問題だ。トラウマを直接扱うべきか否か、という問題はトラウマの治療にとって極めて重要でかつ日常的な問題なのである。そしてこれに関しては二つの考え方が対立する形で存在する。

先ず「感情は扱わないに越したことがない」という立場としては、その為の治療手段として、マインドフルネス瞑想などが挙げられるかもしれない。マインドフルネスにおいては自分の呼吸の感覚への集中、あるいは居心地のいい場所にいるイメージなど、ニュートラル~ポジティブなテーマに留まるトレーニングを行なうわけであるが、その根幹部分はそこから離れた場合に元に戻すという手続きである。なぜなら人間の心は自然と一つのものから別のものに移るという性質を有しているからだ。私はこの最初のニュートラルなテーマに戻るというプロセスを、いわゆるDMN(デフォルトモードネットワーク)への回帰と同類と見ている。これは言葉を変えれば、心を何にも注意を向けていないという状態、いわばアイドリング状態に戻すことだ。ちょうど私達が何かを考えている時の視線は、何にも焦点を合わせずに宙を舞うだろう。あれと同じだ。禅の高僧も瞑想によりこの境地に至ることが出来るだろう。 DMNに回帰するだけでなく、何か特定のことに集中することにも同様の効果がある場合がある。ある外科医は、自らが進行性の癌を宣告されたが、翌日は、昼間の数時間を執刀医としてオペに没頭することでそのことについて考えないように出来たことが助けになったという逸話を書いていた。飲酒などによる酩酊ももちろん薦められるものではないが、似たような効果を生むだろう。