第1章 自分が自分でいられるために―摂食障害患者の治療から
この章は摂食障害患者の治療に関する論文をもとにしている。著者はウィニコットの本当の自分と偽りの自分という概念を用いて摂食障害患者の複雑な心の動きの理解に努める。彼女たちは本当の自分にも偽りの自分にも憩うことが出来ない。本当の自分はそれが自分自身にも見えにくいという意味で、偽りの自分はそれ自身の性質として自らにとっての本当の居場所とならない。それはそうである。どちらも自らが作り出したものとは言えないからだ。むろん誰もが本当の自己も偽りの自己も有しているが、恐らく両者の間を揺らぐことでしかそこに居場所を確保できない。しかし彼女たちはその両者のいずれかを居場所としようとしてしあぐね、拒食と過食の両極性のいずれかをかりそめの居場所として選ぶことで、さらに自らを窮地に陥れる。著者が関わった患者Aさん、Bさんの臨床像はいずれも魅力的で、それぞれ別の仕方でその窮地から抜け出す過程はとても興味深い。とくにAさんが大学に進学し、精神的な成長を見せ海外に移った過程は心強い。