イントロダクションの「オデュッセイアの亡霊」は不思議な章だ。氏は父親の死を機に大学を離れて単価の精神科に勤務することになる。故郷に一人残された母親のもとにより繁く帰省するためであるが、そこでかかわるようになった慢性病等の男性患者とのかかわりを通して、自らの過去を追憶する。「私たちの物語に組み込まれることのなかった過去、私たちが所有できなかった過去は、亡霊のように無意識の中をさまよっています。この亡霊は症状として、振る舞いや身振りとしいて私たちにその姿を垣間見させます。」というモチーフが繰り返され、それはフロイトの「過去は想起される代わりに繰り返される」というテーマと反響しあう。氏の文学的な素養をうかがわせ、私と同様に老境に至っている彼の臨床家としての円熟味を感じさせる心温まる文章であるが、これを彼は20年前に書いているのだ。