2024年8月17日土曜日

希望の在り処 9

第8章 精神療法における希望の在り処について‐反復強迫からの脱出をめぐって

 本書の表題(「精神療法における希望の在りか」)とおなじ題がついている本章は、重篤な精神病理を持った思春期女性の治療をめぐる生々しい記録である。患者Aは深刻な摂食障害を有し、著者の勤務する児童青年精神科病棟で、なんと週5回、各一時間の対面での治療を行う。それは1年8か月に及び、その計244回のセッションを通して、筆者は転移関係に巻き込まれ、患者からの激しい攻撃にさらされる。筆者はそれを患者のネガティブな内的対象関係の世界が転移・逆転移関係を通して再演されるプロセスとしてとらえ、英国の対象関係論者フェアバーンやウィニコットの理論を用いつつ解き明かそうと試みる。筆者は特にAとの治療を関係性の反復強迫として理解している。それはフロイトのいうリビドー的な反復ではなく、悪い対象関係の繰り返しという反復である。その理論的な部分、特にフェアバーンの内的精神構造モデルを用いた説明は私には難解でフォローするのが難しかったが、少なくとも著者なりの格闘の跡はうかがえる。たとえば「刺激的な対象である食物・・・に結びついたAのリビドー自我は『食べてしまう自分』として現われ、・・・反リビドー自我は『食べてはいかない』自分として、拒絶的な対象としての食物と結びついて現れた。そして『食べてはいけない』自分は激しい攻撃を『食べてしまう』自分に向けていて、『食べなくてはならない』気持ち(Aの中心自我)に寄り添おうとした治療者は『食べてしまう』自分と結びついた刺激的な対象と見なされて、Aの反リビドー自我からの攻撃は治療者に向かって外在化される。」というような説明である。

 もっと深く分かりたいけれどわからない‥‥というモヤモヤ感はウィニコットの理論によりかなり払拭される.それは反復を主体の側の活動性の証であり希望とみなす立場である。そしてそのためには治療者はもう一つの主体としての能動性を発揮することが重要となる。精神療法の希望は著者によってウィニコットのオプティミズムと破壊性を生き延びる治療者の示す能動性として示されている。

 確かにこの治療ではかなり筆者の能動性が発揮されている。入院治療は筆者の転勤により終了する形となるが、その際に筆者はAに退院し、転勤先での外来での治療の継続を提案する。そして継続されたのはAの攻撃性に晒されながらも辛抱強くそこに居続けた筆者の姿勢である。

しばしば患者は予想ないし説明不可能な過程を経て回復していく。結局は筆者が何が起きてもそこに居続け、関わり続ける治療者の存在である。そしてこの治療関係全体を見渡すと、🔴🔴先生らしい味が出ていると感じる。