2024年6月20日木曜日

PDの臨床教育 推敲 2

  ところで学問の世界は最初は非常に大雑把なものであった。直感的に正しそうだったら、あるいはあるその道の権威が言ったら、それが信じられてテキストになった。クレペリンやシュナイダーの理論も、そしてDSM-Ⅲに掲げられたPDもそうであった。しかし学問が細分化され、実証性が追及されるようになると、色々な矛盾が追及されるようになり、定説が覆されて学説がいろいろ変わっていく。統合失調症で言えば、昔言われていた破瓜型、妄想型、緊張型、という分類は随分長い間常識であったが、これらの分類の実証性が問われるようになり、結局DSM-5では消えてしまっている。これなどは一つの典型例ではないか。私が医師になって長い年数を当たり前のように使って来たこれらの概念は一体何処に行ってしまったのだろう?

 話題をPDに戻す。 米国ではDSM-Ⅱ(1968)まではシュナイダーやクレッチマーのモデルに類似したものだったが、DSM-Ⅲでは精神分析におけるBPDや自己愛性格の理論を背景に、これらを含んだ独自の10のひな型が提示されていた。例えばボーダーライン(BPD)や反社会性パーソナリティ障害と聞くと、比較的直ぐに「あ、ああいう人か?」と思い浮かぶようなネーミングが施された。これをピジョンホールモデル、あるいはカテゴリーモデルという。ピジョンホールとは鳩が一羽ずつ入っている穴のことだ。そしてこの10はそのままDSM-IV(1994)にも、DSM-5(2013)にも踏襲されたのだ。
 この10の類型でいいのではないか、ということには、実はならなかった。言われるかもしれないが、実はこの問題がいろいろ指摘されている。というのもどれにも属さない、あるいはいくつかが混じっているという診断が沢山出てきてしまうからである。少なくとも個々の患者についての診断には直感的に役立つものの、PD的な問題が臭うものの診断できない、というケースも沢山出てくるのである。