2024年6月6日木曜日

「トラウマ本」コロナというトラウマを乗り越えて 加筆訂正部分 1

コロナというトラウマを乗り越えて

  •  今でも少し不思議な気がする。あの災厄は何だったろうか? あれは現実の話だったのか?それとも私たちはそこから本当に抜け出しているのだろうか?あるいは抜け出したという感じ方の方が幻想なのだろうか?またいつ何時、世界中の救急治療室に患者が殺到し始めていて、また新たな株が猛威を振るい始めているという報道を耳にするかわからないではないか? 

  •  あの災厄とはもちろん例のコロナ禍である。トラウマについての本をまとめるにあたり、このテーマについて書いてみることに私は大きな意義を感じている。

  •  私は本書の出版から3年以上前の2021年に、当時赴任していた京都大学教育学研究科のある出版物に以下のような文章を書いた。今から読み直すと結構臨場感に満ちているので再録をしよう。

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  • コロナ禍における臨床を余儀なくされるようになってから久しい。すでに昨年の本誌の巻頭言において、西見奈子准教授は書いている。「今年がこのような年になるとは、だれが予想したであろうか?」そしてその予想しなかった状態は、一年経った今も継続しているのだ。この春から始まったワクチン接種が今後普及することにより将来に多少の明かりは見えているのかもしれない。しかしこの災厄の終息の目途はいまだに立っていないのだ。この間に私たちの心理臨床のあり方も様変わりしている。一年以上もこれまでのような対面のセッションを持つことができていないケースもあるかもしれない。
     このように新型コロナの蔓延は間違いなく私たちにとっての試練となっているが、試練は私たちから様々なものを奪うばかりではなく、新たな体験の機会も与えている。コロナの影響下にある私たちがどのように臨床を継続できるのか、どのように継続していくべきかという問題は、おそらく世界中のセラピストたちがこの一年半の間に直面し、そこから大きな学びの体験をも得ているはずだ。その結果としてセラピストの多くはそれぞれが創意工夫のもとに対応を行っているのである。
     

  •  今から思えば新型コロナの蔓延で大変な生活および仕事上の変更を迫られたことにある。何しろ世界各地で国際学会が2年あるいはそれ以上延期になり、私が毎年出席していた精神科や精神分析の年次大会がいきなりキャンセルになるような事態が生じたのだ。同じような緊急事態は戦時下でもない限り起きないのではないか、と考えたことを覚えている。

  •  心理士である私達の日常臨床を変えたものの一つが、電話、ないしオンラインによるセラピーの活用の可能性である。ソーシャルディスタンシングの重要性が強調される中で、セラピストとクライエントが面接室という密室の空間を共有することは、それ自体が感染のリスクを高めるのではないか、という懸念は、このコロナ禍が始まって当初に私たちが持ったものである。
     昨年(2019年)4月に初めて七都道府県に緊急事態宣言が出された折は、対面による面接を全面的に中止した相談室も多かったであろう。すると残された手段は電話ないしオンラインということになる。そして当面はセッションを持たないよりは、それらの代替手段を用いることを実践したセラピストも多く、その機会に改めてオンラインによるセッションの持つ意味を考え直すことになったはずだ