2024年6月5日水曜日

「トラウマ本」トラウマと心身疾患 加筆部分 3

 MUSの概念はどのように再構成されていくか?

 以上みたいくつかの例からわかる通り、MUSに分類されていた疾患の一部は、その医学的な所見が新たに見いだされたことで外されていくという運命をたどる。そのような例としてはME/CFS, FM, イップスなどをあげた。  またそれとは逆に、それまで身体疾患と思われていたものがMUSに再分類されることもある。その例としていわゆるPNES などが挙げられることになる。
  そのようにしてMUSという疾患群はいわば新陳代謝を続けるのだ。その様子を示した図を締めそう。言うまでもなくこれは先に示した図に該当項目を書き込んだものである。まさにこの概念は生き物ということが出来よう。そしておそらく遠い将来には、現在MUSに留まる様々な疾患に関して医学的な説明がつくようになることで、そこから抜けていき、MUSの全体集合自体が縮小していくであろう。
 しかしそれでもこのMUS自体が存在し続けるとしたら、それは私たちの持つ心身相関の問題、特に上に述べたように私達人間が「心気的存在」であり、心と体の症状の間の最前線は常に残されるからである。そしてその意味でこのMUSはこれからも存在し続け、同時に数多くの誤解を生み続けるのではないか。


 ただし私はこのMUSという概念に決して満足しているわけではない。それはMUSの有する曖昧さが、時には少なからぬ混乱を招きかねないからである。ある状態がMUSに属するべきかが、場合によっては医学的な理由のみならず文化的な事情、さらには政治的な議論にまで関係していることがある。その一つの例として、子宮頸がんワクチンの後遺症の問題をあげたい。
 以前国が接種を呼びかけた子宮頸癌ワクチンについて、その「後遺症」が大きな問題となったことは記憶に新しい。以下に日本産科婦人科学会のホームページ(https://www.jsog.or.jp/citizen/7118/)を参照しながらまとめてみよう。
 
厚生労働省は2009年にこのワクチンを承認し、翌年に公費助成を開始し、2013年4月には小学6年~高校1年の女子を定期接種対象とし、個別に案内を送って接種を促した。だがその結果として全身の痛みやしびれなどの健康被害の訴えが相次ぎ、同年6月に推奨を中止した。しかし9年経った後に2022年4月から奨励を再開したが、依然として摂取率は低迷しているとのことである。
 被害者による訴訟は2016年7月に東京、名古屋、大阪、福岡の各地裁に一斉提訴され、福岡など6県に住む22~29歳の女性26人が国と製薬企業2社に1人当たり1500万円の損害賠償を求めている。製薬会社側は「安全性は医学的、科学的に確立している」と請求棄却を求めている状態である。
 ここで私が述べたいのは、この子宮頸癌ワクチン接種後の健康被害と言われるものがMUSとして分類するべきか否か、という問題ではない。一見したところ、製薬会社はその「後遺症」といわれる症状自体が本来存在しないものとする一方、原告側はそれをワクチンによる現実の障害とする立場という構図と見なすことができる。
 しかしこの見解の対立はそのまま、この「後遺症」をMUSに分類するかどうかをめぐる対立と見なすことも出来るのだ。製薬会社はそもそも症状自体が医学的に説明できないという意味でMUSと捉えたいであろうし、原告側の立場からはそれはれっきとしたワクチンに由来する医学的な根拠を持った疾患と見なすという立場であろう。双方がこれをMUSに入れることに別々の立場から反対しているといえなくもないのだ。
 頸がんワクチンの「後遺症」がMUSに含まれるか否かの議論は実はきわめて複雑で、判断する人ごとに見解が別れる可能性がある。しかしこれを単なる見解の違いでは済まされないのは、おそらくこの判断が訴訟に極めて大きな影響を与えかねないからである。
 これが純粋な医学的な問題として実証されたならば、製薬会社や政府の責任は明らかであろう。しかしこれをMUSの一つとしてとらえた場合には、製薬会社や政府の責任は全くないと言えるのであろうか。この議論は極めて複雑にならざるを得ない。
 頸癌ワクチンで後遺症が起きるという(誤)情報が、そこに医学的な根拠がないにもかかわらず巷に蔓延していることを知りつつこのワクチンを推奨することは果たして許されるのか。言うまでもなくMUSは症状を有する(精神)疾患であるとするならば、それに苦しむ人々の苦痛もまたリアルなものである。製薬会社や国は、頸癌ワクチンを打たないことで生じる将来の子宮頸がんに罹患するリスクと、MUSによる苦しみを天秤にかけることになるだろうが、それらは簡単に数値で表されるような問題ではないのである。(← この部分、あまりに錯綜しすぎて、この数パラグラフは出版できずに実際には削除になるだろう。)