このフロイトの理論に見られるような性的興奮に対する警戒やタブー視は、当時の性愛に関する社会的な固定観念とも深く関連していた。幼少時の性的興奮は精神や身体にとって害になるという考え方が一般であり、そのためにマスターベーションは害悪をもたらすとされた。
また婚姻前の女性が性的な興奮を覚えることはそれそのものがヒステリーの原因と考えられていた。フロイトも婚約時代のマルタに対して、自分が抱擁したことで彼女が性的な興奮を味わってはいないかと心配している内容の手紙を送っているほどである。
余談であるが、情熱家フロイトは、女性から向けられた感情表現に大きな戸惑いを体験していたようである。フロイトの有名な逸話に、ある女性患者が治療中に突然フロイトの首に手を回し、その直接的な情緒表現にフロイトは当惑したというものがある(要典拠)。そしてそれがフロイト個人に向けられたものであると考えることに大きな抵抗を感じたようである。しかしフロイトは患者が過去に別の対象に向けられた感情が、方向転換され、「情動の移動」によりたまたま治療中に向けられたものであるという結論に至った。この「情動の移動」をフロイトは「転移」と名づけた。こうしてフロイトにとって患者の示す感情は、学問的に理解して治療の有効な手段として取り扱うべきものとなった。
フロイトのこの転移の理論は、彼の精神分析における最大の発見の一つとされる。フロイトは転移感情は陽性でも陰性でも、それがかなり激しい場合にはそれが過去のトラウマに関係している可能性があるとともに、そもそも治療の妨げとなるという考えを持っていた。そのことはすでに本章の冒頭で彼の考える「精神の量的な側面」について説明したとおりだ。
それが治療において生じた場合は、治療への抵抗としてみなされ、解釈その他により積極的に解消されるべきものだとしたのだ。もしそれらの感情が表現されたままにしておくと、それらはさらに増大してコントロール不能になり、トラウマを引き起こしてしまうからである。だから分析家によってその意味に対する解釈を行い、それが本来は分析家に向けられるべきものではないことを患者自身に理解してもらう必要があるのだ。
しかしまたフロイトはそのあとに最終的に残る、患者の治療者への穏やかな感情こそが治療を進展させる決め手となると考えた。フロイトはそれを「治療の進展の妨げにならない陽性転移」と呼んだのである。フロイトが情動をすべてトラウマに結びつけていなかったというこの点は重要である。