第7章 治療的対話
この後AAI(成人愛着インタビュー)の話になるが、かなりややこしいので取りあえず飛ばす。次に出てくるのが関連性理論 relevance theory の話だが、初めて聞いた。最初は関係性理論relational theory の間違いかと思ったが、そうではない。 一種のコミュニケーション理論ということだ。そこでこの関連性理論をネットなどで調べると結構面白い。言語を通したやり取りは結局省エネの原則に従うということだ。こんな原則もネットにあげられている。「最小限の処理コスト(労力)で、最大限の認知効果を得られる解釈を、最適な関連性を持つ optimal relevance と考え、人の認知は最も関連性のあるものの処理に充てられる」。
この理論、何かすごくよくわかる気がする。少なくともフリストンやホームズたちが考えていることにすごくマッチすることは確かだ。夫婦の会話など、極めて省エネになる。大体はそれでいいのだが、時々逆に分かりにくくもなる。架空の夫婦の会話を例に取ろう。
妻:「今日はアレの日だよね」
夫:自信なげに「うん、そうだね」。
妻:夫の自信なさを察して確かめてくる。「本当に分かってるかな?」
夫:「うん、午前中に銀行に行っておく必要があるね。」
妻:「ヨシ、ヨシ、分かってるじゃない」。
もし夫が妻ほど勘がいいなら,「うん、午前中に銀行ね。」と返事をするだけですべてがうまくいくだろう。PEMが成立するのだ。しかし夫によっては、「午前中の銀行、分かってるよね」と最初から妻に言って欲しいという所がある。つまり会話に手抜きをしないで欲しい。「最小限の処理コストで」と言っても、向こうとこちらで「最小限」の程度が違うのだ。
ともあれホームズがこの関連性理論に着目するのはよく分かる。つまり私たちは言葉の関わり合いでもPEM(予測誤差最小化)を行なっているということだ。これについてホームズは、このようなコミュニケーションの基礎は共同注視にあるという。そして文脈という概念も重要だ。つまり人は共同注視をし、文脈を共有しつつ生活しているのである。
この説明の後に、再びAAIの話に戻る。要するにAAIの三つのパターン、すなわち軽視型dismissive、巻き込まれ型 enmeshed 、支離滅裂型 incoherent はいずれもそれぞれの意味でこの種のPEMの成立が阻止されているというのだ。
🔵軽視型の場合、チラッと話しては撤回する。
例:「辛いけれど、泣き言ばかり言ってもいられないし。私は大丈夫です」
🔵巻き込まれ型は文脈が混乱して過去と現在が一緒になる。
例:「今回も私一人が損な立場に置かれてしまう。子供の頃からずっとそうでした・・・・・」
🔵支離滅裂型は語りの一貫性がしばしば崩れてしまい、何の話か分からなくなる。
例:「今日ここに来る途中で、路上で犬が轢かれているのを見ました。・・・・明日は我が身です。」(一部ホームズの本に出ていた例を拝借した。)