ただしこれに関してはフリストンが周到に論証しているように、生命体の神経系統がほぼこれに従って配線されていることが知られている。また話をAIに及ぼすならば、ニューラルネットワークの働きそのものが、入力と出力の誤差を最小限にするように設計されている。言語的なコミュニケーションもこれに従っている。そしてホームズがまさにそうしているように、この原理を出発点とした治療論はおそらく精神分析と脳科学の最新の流れとも言える対人関係神経生物学 interpersonal neurobiology とまさに同期しているのである。
私自身はこれまでフロイト流のエネルギー逓減の法則については若干懐疑的であった。フロイトのリビドー論は時代遅れという見方は精神分析の世界でも多くの論者が共通して持っている認識である。他方では精神分析はフロイトの一者心理学的なエネルギー経済論を離れ、治療者との関係性を重視する立場に向かっている。そこでは愛着理論に導かれた治療者と患者の二者関係が重視される。ところがその最先端に位置する「愛着を基本とした精神療法」を提唱しているのがほかならぬジェレミーホームズなのだ。そしてその彼がこのエネルギー論に立ち戻ることを提唱しているのだ。私はここに何か精神分析理論の持つ円環性のようなものを感じる。フロイトの中では既にすべてが繋がっていたのではないか、という空恐ろしさをも感じさせるのが本書なのだ。