2024年4月7日日曜日

Holmes の本 序文 1

 序文

 本書は画期的な書であることは間違いない。本書はサイズとしても決して大きなものではなく、英語の原書は大きな文字で索引を入れても200頁くらいしかないのだ。しかしこの小さな書には著者ジェレミー・ホームズの主張のエッセンスが詰め込まれている。私はこの🔴🔴氏による翻訳が出来上がるまでの間、時々原書を紐解いていたが、予想に反してその内容はすでにかなり分かりやすかった。訳文を手にしてさらに平易な内容になっている。

 本書のタイトルは「心理療法は脳にどう作用するのか — 精神分析と自由エネルギー原理の共鳴 — 」というものだが、もとの原題は「The Brain has a mind of its own 脳は独自の心を持っている 」という不思議なものである。しかも副題が「愛着、神経生物学、そして精神療法の新しい科学Attachment, Neurobiology, and the New Science of Psychotherapy」となって、要するに精神療法と神経科学を愛着を媒介として結ぶという企画なのだが、これだけでもスケールの大きさが分かるだろう。

 本書はある一つの公理に従って心を読み解いている書である。それは「自由エネルギー原理」と呼ばれるもので、非常に単純に言い表されるものである。それは人の心がエネルギーを最小化する方向に導かれているというものである。しかしこの公理の歴史は古く、フロイトが師と仰いだフォン・ヘルムホルツ、そしてフロイト自身、ベイズ説等の理論の系譜の上に立った理論を脳科学的な裏付けを伴った現代的な理論に仕立てたものである。そしてホームズのこの書はその理論に全面的に立脚したうえで、精神分析や精神療法の立場からより包括的な治療論を唱えたものである。

 この「自由エネルギー原理」が本書の心柱として貫かれていることで、読者はそして少しわかりにくい部分もこの原理に立ち戻るという術が与えられ、それが本書の読みやすさに繋がっていると思われる。

 ちなみにこのヘルムホルツに端を発する「自由エネルギー原理」に関して、それがどの程度妥当性があるかは、おそらく証明のしようがないであろう。ある理論のよって立つ基本原則は、それが包括的でシンプルであるほど、実証性に乏しくなる。例えば「生命体は子孫の残すことを最終命題にしている」という大原則は、きわめて信憑性を感じさせるものの、証明のしようがないのだ。