今回「▽▽▽」の編集を担当することになった。そこで掲げられる主要なテーマの一つは、解離をめぐる誤解であり否認の問題である。これは恐らく解離の問題が現在においてのみならず、過去において、そしておそらくは未来においても直面し続ける可能性のある問題である。
「解離性障害は存在するのか?」いきなりこう問われても戸惑う人は多いかも知れない。精神医学の世界で解離性障害が市民権を得たのは、1980年のDSM-Ⅲであることは異論の余地はあまりないだろう。「解離性障害 dissociative disorder」として、いわば独り立ちして精神科の診断の一つとして掲載されたのはこの時が初めてだからだ。
もちろんタームとしての「解離」は以前から見られた。1952年のDSM初版には精神神経症の下位分類として解離反応と転換反応という表現が見られる。1968年のDSM-Ⅱにはヒステリー神経症(解離型、転換型)という表現は存在した。しかし解離性障害として正式に登場したのはDSM-Ⅲにおいてである。
しかしその後DSM-Ⅲ-R,DSM-IV,DSM-5と改定されるうちにその分類は、少なくともその細部に関しては色々と代わっていった。それはWHOによるICDにおいてはさらに顕著だったと言えるだろう。また同時に解離性障害の概念の理解にとって中核的な概念である心因や転換性という概念を認めないという方針も見られる。さらにはDSMとICDには、いわゆる転換症状を解離として含むか否かという点に関して大きく見解が異なる。
しかし解離性障害を扱う立場からは「朗報」もある。PTSDに解離型が加わり、境界パーソナリティ障害の項目に解離が加わったという事実である。それは解離の遍在性が認識されているようにも見える。このように解離の概念はじわじわ広がりつつあるという印象もある。
大きな震災の後に余震が続くように、DSMによる解離性障害の形成は多くの余震を生んでいるようだ。そしてその意味では解離性障害は生まれてからもまだ不安定で診断的な理解が定まっていないという印象を持つ。
しかしさらに大きな問題がある。それはこれほど誤解や偏見の対象にされている概念も少ないと言う事実である。DIDに関してそれは最たるものと言えるであろう。