2024年3月24日日曜日

Jeremy Holmes の本 2

  ここでもう少し明かしてもいいだろうか。宣伝効果にもなるし。実はこの本は心理療法は脳にどう作用するのか ―精神分析と自由エネルギー原理の共鳴―」筒井亮太先生訳、岩崎学術出版社としてこの夏に出版予定なのだ。私はその序文を頼まれて、それでこの原書と遭遇したのである。  最初の方から目を通していく。いくつかのキーワードが紹介される。FEPとは「自由エネルギー原理 free energy principle」のこと、そしてPEMは「予測誤差最小化 Prediction Error Minimization」のこと。このPEMは現在の心理学において一つのトピックである。人間は要するに予想する機械であり、常に未来に何が起きるかを予想し、それに対する心の、ないしは身体的な準備を行なっているのだ。PEMをいかに最小にするかは、生命全体が負っている課題と言っていい。何しろこれは生死に直結するのだ。  目の前の生命体が天敵なのか、餌なのかを見極め、近づいた時に攻撃されてこちらが死に瀕するか、それともこちらが餌としてありついて生命エネルギーを獲得できるかは極めて重要な問題だ。そしてPEMが最小であるということは、より少ないエネルギーの消費でよりよい餌を捕獲することであり、乾期のサバンナで生き抜くライオンにとっては最も重要だ。逆に失敗したPEMの試みにおいては、餌となると予想していた動物が大変な毒を有し、あるいは鋭い牙を持ち、こちらが瀕死の重傷を負ったり、食べられてしまったりする状況であり、すなわち死を意味する。

 さっそく脱線であるが、このPEMはまたドーパミンシステムの仕組みを決定づける問題でもある。将来一定の快をもたらすであろうものを補足し、その時点で快を先取りした興奮を味わわせるというこのシステムは、その快を予想通り得られなかった場合には負の興奮、すなわち苦痛をもたらす。素晴らしい味わいを期待して買った高価なワインの栓を抜いてみたら、とんでもないブショネ(コルクの汚染によりひどい味になっている欠陥ワイン)だった時の失望を考えればいい。