2024年3月26日火曜日

Jeremy Holmes の本 4

 ホームズの本を読んでいると、色々調べなくてはならないことが出てくるが、今まであまりわかっていなかったアロスタシス allostasis (動的適応)の概念がはっきりした。これはこれで楽しい。

アロスタシスは概念としては20世紀末と比較的新しい。要するにストレスが過剰になると、それに対する対抗手段として生じてきた反応が自分にとって害を及ぼすようになるという理論だ。(福岡伸一先生の「動的平行」の概念とも似ているな。)これ自体は常識的な理解として持っていたが、これが先ほどのPEM(予測誤差最小化)と同じことであるという。

 例としてはこうだ。例の新型コロナの感染症で肺炎が引き起こされる時、肺を蝕むのはコロナウイルスではなく、過剰な免疫反応であり、免疫細胞が放出する炎症性サイトカインが自分の組織を破壊する結果と言える。つまりアロスタシスの調節が狂って、行き過ぎた反応が生じているのだ。(自己免疫疾患などは、もともと外部からの病原菌やウイルスの侵入がないのに、生体が免疫反応を言わば自作自演している状態である。
 ホームズはこの概念とフロイトの理論を結び付けて説明する。つまりフロイトが言う「生命体はエネルギーを抑える方向に働く」とは結局アロスタシスのことだという。しかもホームズはこれが幼少時のトラウマと関連しているという。ヒエー 😱!!フロイトの理論はトラウマともストレス反応とも結びついていたと主張するのだ。そして以下の様にまとめる。

フロイトのいう一次過程=ボトムアップのプロセス(感覚上皮から生じる)
フロイトのいう二次過程=トップダウンの言語表象、感情調節

そして「フロイトが強調したトラウマ記憶、つまり調節や調整を受けずに破壊的なまでに拘束されないままの記憶」(16)とも言い換えている。何かぞくぞくしてくる展開だが、先に行こう。
 ホームズはその上でベイズ理論を取り上げ、フリストンの自由エネルギー理論の説明に入る。ベイズ理論は何と1700年代のものであり、いわばフリストンらによって発掘されたということか。ベイズ確率 Bayesian probability は少しややこしい。定義としては「確率の概念を解釈したもので、ある現象の頻度や傾向の代わりに、確率を知識の状態を表す合理的な期待値、あるいは個人的な信念の定量化と解釈したものである。An interpretation of the concept of probability, in which, instead of frequency or propensity of some phenomenon, probability is interpreted as reasonable expectation representing a state of knowledge or as quantification of a personal belief.」という定義が一般的だが、まあここは難しい議論を飛ばして先に進もう。

 さて自由エネルギー理論の創始者カール・フリストンの唱えたことは、ある意味ではとても分かりやすい。(こんなに分かりやすくていいのか、と思うほどだ。)生命体は生存のために常に環境を予測する。これは環境は個人にアフォーダンスを提供するという言いかたも出来るという。
 取ってのついた引き出しを開ける時、それに向かう手はすでに無意識的に取っ手をつまむ手の形をしている。これがアフォーダンスの例としてよく出てくるものだ。あるいは講義の最中の教室に忍び込む時は、自然と真面目で低姿勢で真面目な顔になっている、など。
 そしてその基本にある考えは、脳はサプライズを忌避する、ということだと言う。それは生体をたちまちのうちに危機に瀕させるからだ。(ただの木の棒と思って近づいたら蛇だった、などの例を考えればいいだろう。)そしてそのための生体の反応はquick and dirty である。大雑把であっても危急の際には役に立つのだ。これにピッタリの表現。「巧遅拙速にしかず。」またこのサプライズを避けるための方便にはメンタライズ、つまり相手の心を読むという作業も含まれるという。なるほど、ここにメンタライゼーションの概念を入れ込むのだ。