2024年3月20日水曜日

「トラウマ本」 トラウマと解離性健忘 加筆部分 2

書き足したらキリがなくなってくる‥… 

解離性健忘の特徴

人が過去に起きた出来事を思い出せないということは日常的に生じている現象だ。誰でも昔起きた何らかの出来事について、その時にそばにいた誰かに話を聞き「そんなことあったっけ?」と驚きを持って聞き返すことがあるだろう。私達は過去の出来事についてことごとく記憶することは通常は出来ないし、またその必要がない。それだけでなく過去の出来事を忘れることが出来ないという問題を持つことで様々な問題を抱えるという例(いわゆる超記憶症候群 hyperthymesia)もある。

 私達にとっての記憶は、通常は人生を支え実際に生活に役に立つものである。そしてそのために日常生活上の体験のうち、不要なものは忘却され、必要なものが残っていく。そしてその際の記憶の重要度は、ある体験がその人の人生において持つ意味の大きさに従う。さらに具体的には、その体験が起きた時にそれがその人にどの様な情緒的な反応を引き起こしたかにより概ね決定されるのだ。
 ある出来事がその人に大きな喜びを与えたり、逆に悲しみや驚きを起こしたのであれば、その記憶は脳の扁桃体という部分によりいわばアンダーラインを引かれた形になり、それだけ長期記憶に残りやすいのである。ただしどの体験がその人に情緒的な意味を持つかには個人差がある。だから何人かの人が同じ体験を同時にしたとしても、何年後かにそれを克明に覚えている人もいれば、きれいさっぱり忘れてしまう人もいるということが起きる。

 ところが過去において重要な意味を持ったはずであり、当然覚えているべき出来事が当人にとってすっぽり抜け落ちるということが生じる場合がある。事情を知っている周囲の人もそのことに驚き、当人もそのことに当惑を感じたりする場合もある。そこに薬物の試用や頭部外傷等の器質因が伴わない場合、通常はそこに解離という仕組みが働いた結果であると想定して解離性健忘が診断として浮かび上がってくるのである。

 ここで解離という現象を改めてわかりやすく表現するならば、脳の状態が通常のそれと異なり、その時の体験を通常の仕方で記憶にとどめるということが出来ない状態になるという現象である。そしてそのような状態で体験された出来事を想起できない現象を解離性健忘と呼ぶのである。
 ただしこの「健忘」という用語は、実は不確かなものであることを認めざるを得ない。なぜならその時の記憶が頭の中のどこにも残っていないという状態とも異なる可能性があるからだ。その記憶はふとしたきっかけで急に蘇ってくることもあり、通常のエピソード記憶とは異なる形で脳内に残っていることが分かる場合もある。そこで健忘という表現よりは「想起不能状態」の方が適切かもしれない。
 ただしこの健忘と「想起不能状態」が明確に区別できる可能性は比較的少ないと言えるだろう。なぜならある記憶に関する解離性健忘がある時点で生じているとしても、その人が将来何らかのきっかけでそれを想起することが出来、すなわち純然たる健忘ではなく「想起不能状態」であったかどうかは、その人が一生を終えるまでは(あるいはそれ以降になっても)わからない場合が少なくないからである。
 解離性健忘(ないし想起不能状態)が生じる場合、その出来事はその人にとって大きな意味、すなわち心的な負荷を及ぼしたり、驚きや恐怖等のトラウマ体験であることが多い。ただしトラウマ体験には驚きや恐怖などとは異なり、離人感や非現実感などの解離症状を伴い、ボーっとした感じや意識が薄れる場合もあることが知られていることに注意すべきであろう。