2024年3月22日金曜日

脳科学と臨床心理学 第3章 加筆部分

 近未来の【心】を夢想する

優秀な【心】を所有することができた私たちの近未来像を,私なりに思い浮かべてみる。これはとても楽しい作業だ。(ちなみに私はこの想像を論文にしたことがある。詳しくは岡野(2019)を参照。)

将来私たちは一人に(少なくとも)一台ずつ,カスタマイズされたAIを有することになるだろう。それは人型のロボットの形をしているかもしれないし,パソコンやタブレットの中に現れる二次元のイメージかもしれない。ひょっとしたらホータブルで机上に浮かび上がるホログラフィ―という事もありうる。ボーカロイドの進化版という形だろうか。ともかくそれなりの姿かたちや性質を持ち,それを私たちは普通の心と錯覚するだろう。

例えば精神分析家ならフロイト先生のAIを持ちたいと思うかもしれない。私はそれを「フロイトロイド」と命名し,ロボットのような姿をにさせたい。フロイトロイドは私にとっての治療者でもあり,スーパーバイザーでもある。それはフロイトの著作集,伝記,フロイト関連のあらゆる情報を網羅したデータベースを備えている。そして臨床的な質問に答えるだろう。

「フロイト先生,私はこんなケースを担当することになりました。どのように診断し,理解したらいいでしょう?」と言ってそのケースのプロフィールについて説明し,ついでにいくつかの夢もインプットして答えを待つ。あるいはもっと直接的で個人的な質問をしてもいいかもしれない。「フロイト先生,私は××のような問題に悩んでいます。どうしたらいいでしょう?」

ドクター・フロイトロイド近影(Microsoft Bingで著者が作成)


それに対するフロイトロイド先生の答えは、一応日本語であるが、ドイツ語なまりの少し甲高い声であり(ユーチューブで見ることのできる実際のフロイトの英語も少し高い声だった)、その内容も持ってまわった、その意味では「フロイト的」なものだが,とても説得力がある。それに非常に頭の回転がよろしい。文献の引用など一瞬でやってのける。ただその言葉の一つ一つは岩波版フロイト全集(全23巻)のどこかに出てくるような表現をつなぎ合わせたような印象を受けるが、まあそれは愛嬌だろう。というよりそれでこそフロイトロイドの本領発揮と言えるだろうか。

フロイトロイド先生のとても素晴らしいところがある。それはたとえ日曜日であろうと夜中であろうと、突然話しかけても,あるいは夜通し何時間も使い倒しても決して疲れを見せないことだ。それにいやな顔一つせず、淡々としている。彼には【心】はあっても心はないことを前提としているからだ。(もし将来万が一AIが心や感情を持ってしまっても大丈夫である。背中に「心オフ」ボタンも装備しているからだ。
 もっともフロイトロイド先生自身は,こちらが問いかけない限りは受け身的で中立的で,沈黙が多く、やたらとこちらに「自由連想」を求めるという癖が備わっているのだが。

というわけで私はこの空想上のフロイトロイド先生にかなり満足をしている。フロイトロイド先生は疲れ知らずで、しかも劣化知らずである。まあ時々「プログラム更新のお知らせ」が来てアップデートしなくてはならないが。
 でも読者の中にはこんな質問がわくかもしれない。

「でも感情を持たず,本当の心を持たないフロイトロイド先生の話を信頼して聞くことができますか?」

そうか……と私は一瞬たじろぐ。そしてこう言えるような準備を施しておく。

「でももう一つのボタンを用意しているのです。それはフロイトロイド先生があたかも本当の心を持ち,感情や良心が備わっているような受け答えをするというボタンです。それをオンにします」

しかしフロイトロイドの話をしだすと、いくらでも空想が膨らむので、このくらいにしておこう。