2024年1月5日金曜日

🔵トラウマと内臓 1

トラウマと内臓―ポリヴェーガル理論をもとに

 

本稿では「トラウマと内臓」というテーマで論じる。

最近のトラウマに関連する欧米の文献で、「ボリヴェーガル理論 Polyvagal theory」に言及しないものを見ないことはほとんどないという印象を受ける。それほどにこの理論は、トラウマ関連のみならず、解離性障害、愛着関連など、様々な分野に強い影響を及ぼしている。 Stephen Porges という米国の生理学者が1990年代から提唱しているこの理論は、一体どのようにトラウマや感情の問題に関連しているのであろうか。それを論じることは簡単ではないが、輪郭だけでも示すことで、この理論が私たちにトラウマの理解についての新たな見地を提供してくれる可能性を示すことが出来れば幸いである。
 Porgesの業績(2003, 2007, 2011, 2017) はひとことで言えば、自律神経系に新たな「腹側迷走神経複合体」の概念の導入を行ったことである。従来は自律神経と言えば、交感神経系と副交感神経(迷走神経)系の二つが知られていた。この両者がバランスを取ることで心身の恒常性が維持されることが自律神経系のもっとも重要な機能と考えられていたのである。そこに第3の自律神経系が加わったことで、この概念やその働きの理解が大きく進められたのである。

ポージスの提示した「腹側迷走神経」が加わることで、それまで一つであった迷走神経は、腹側と背側に分かれることになった。つまり従来の迷走神経は、神経系の背中側にある迷走神経として位置づけられたのである。そして新たに提案された腹側迷走神経の方は、別名「社会神経系」としても提示された。

通常は解剖学という基礎医学の中で最も歴史のある学問で新たな発見があることは滅多にない。顕微鏡的なレベルでの新たな組織が発見されたという場合ならまだしも、全身に広がっている広大な組織である自律神経系を見出して新たに命名するというのは非常に画期的な事であろう。例えていうならば、日本のある山岳地方一体に巨大な鉱脈が眠っていることが新たになったようなものである。