2024年1月16日火曜日

連載エッセイ 12の2

 なんだかこの章を書き始めて面白くなってきた。脳科学の臨床的な意義はまさにこれだという気がする。要するに「気のせい」あるいは「プラセボ効果」といった人間の心の一番怪しい(不可解な)部分に光を当ててくれるのである。私達は心というのは本来的に自由で、何ものにも制限されていないという幻想を持つ傾向がある。するとその心が脳というハードウェアによって実はがんじがらめにされているという事を知ることはショックでもあり、新鮮でもあるのだ。

 いくつかの例を挙げてみよう。

 私が何度か紹介した有名なフィネアス・ゲージの例。善良で他人思いの鉄道工夫であった彼は、事故で前頭葉の半分を失ってしまった。すると左目の失明以外は知的な障害は全く見られなかったにもかかわらず、ゲージは下品で衝動的な性格に代わった。もはや彼という人柄は消えてしまったのである。

 最近あるインタビューを受けたが、それはあるシュールレアリズムの画家についてのものであった。(今は詳しくは書けない事情がある。)彼の絵は奇抜で多くの人々に刺激を与えたが、文献を読むと彼にはある脳神経系の病気があり、その症状と深い関係があるという研究が分かっている。彼の藝術や創作は,彼の脳の異常信号の産物だというわけである。

 トキソプラズマという原虫。哺乳類に広く感染が見られる。人間にもペットの猫などを介してがかかることもある。最近分かったことであるが、時々暴力的になる障害「間欠性感情暴発症」を持つ人の22%にこの感染が見られるという。健常人の9%に比べて有意な差が見られる。脳にこの虫が巣くっていることで人は暴力的になってしまう場合があるのだ。

脳の組織中に見られるトキソプラズマ https://www.uchicagomedicine.org/forefront/biological-sciences-articles/systems-analysis-points-to-links-between-toxoplasma-infection-and-common-brain-diseases