2024年1月28日日曜日

連載エッセイ 12の13

 精神療法とは、治療者と患者の脳の「相互ディープラーニング」である

 

 脳を知ることは患者の訴えに信憑性を与えてくれること、と言うのが第一の論点であった。しかしこのことは脳科学的な知見を精神療法に直接役立てることにはつながらない。そこで脳科学的な知見が、私達の治療者としての考え方にどのように大きなインパクトを与えるかについて述べたい。

 私が脳科学の話とニューラルネットワークの話を同時並行で始めたのは、私たちの脳科学的な知見がコンピューターサイエンス、特にいわゆる「生成AI」との間に類似関係があることを強調したかったからである。

 そもそもニューラルネットワークモデルの原型は、神経細胞と神経線維の連結を模して造られたものだ。それは入力層と隠れ層、出力層の三層構造をなし、それぞれに10個程度の神経細胞を模した素子を配置するといった構造を持っていた。そしてどのような入力を行い、その出力をどのように調節するかという研究の一方では、隠れ層や素子の数を増やしてその性能を上げていくことが行われた。それはコンピューターの性能の向上とともに加速度的に複雑になり、隠れ層も1000層にもなり、素子も数千を越えるようになった。しかしそれでもニューラルネットワークが脳に比肩するような性能を得るようになることを想像する人は少なかった。なぜならほんの十数年前のコンピューターはとても人との自然な会話など成り立たず、だからアルファ碁が2015年に人間の名人を軽く打ち負かし、ChatGTPが人と変わらぬ文章を構成するようになったことは、多くの人にとって驚きだった。

 しかしそのような進歩を遂げたことで見えてきたのは、ディープラーニングが人間の活動に模した学習方法をとったことがうまくいったという事である。(と少なくとも私は考える。)

 ディープラーニングが高度の知能を獲得したのは、間断のない自己学習をさせ、それこそアルファー碁なら自分自身で高速で毎日何万、何十万(あるいはもっと多いかもしれない)と行った結果、驚異的な進化を遂げたのである。

 ここでディープラーニングの行った自己学習がなぜ人間の活動を模しているかと言えば、人間の中枢神経そのものが巨大なニューラルネットワークであり、出生直後から、あるいは胎児のころから知覚を通して伝えられる様々な刺激のインプットに対して体の動きや言語表現というアウトプットを行い、恐らくはそれが快や不快というインセンティブを媒介して自己学習を行うシステムだからだ。

 このように考えれば、人の活動は環境とのかかわり(そしておそらく精神内界とのかかわりも含め)はことごとく自己学習であることがわかる。そしてもちろん対人交流は相互ディープラーニングという事になる。