2024年1月27日土曜日

連載エッセイ 12の11

 4.脳の表面では神経ダーウィニズム(G.Edelman)が支配する


 ● 治療とは治療者患者間の「相互ディープラーニング」である

この章ではAIにより形成される心を【心】と表現することにした回であった。そして心は以下の法則に従って動くとした。

1.脳の基本的なあり方は揺らぎである。

2.ネットワークの結晶が一つの具体的な体験を構成する。

3.分かる、とはネットワーク間の新たな結びつきの形成である。

4.脳の表面ではダーウィニズムが支配する


 このことは臨床上の一つの重要な認識を導く。それは一回ごとの治療者‐患者のあいだに起きていることは一回限りであるという事だ。それはたとえ同様の出来事が繰り返されるように見えても、それ以前の出来事と同一ではない。

 ただし前回の出来事と全く違うわけでもない。そしてここ に Hoffman の言う弁証法的な考え方が重要となる。曰く治療における出来事は、従来の繰り返し(≒転移)という側面と新たな新規な側面とを必ず併せ持つという事だ。(体験とは反復と新規性の弁証法である。)

この新しい側面というのは非常に重要であり、3の新たな結びつきという点とも通じる。それはその体験が本当の意味で患者にインパクトを与えるために必要な点である。例えば父親に対する怒りを持つ患者が治療者に対していわゆる父親転移を起こすとしよう。そして治療者に対して怒りを表現したとする。そして治療者はそれは父親に対する怒りの転移であるという解釈を行う。

いかにも精神分析的なシナリオであるが、これは父親に対する怒りに満ちた記憶や感情というネットワークと、治療者に対する記憶や感情というネットワークに対する結びつきが水面下で、ないしは間接的には出来上がっており、それが意識化されるという事でさらに強固な複合的ネットワークとして成立する現象である。そしてそれ自体が様々な影響を脳のその他のネットワークに及ぼすという現象だ。

 このようにして治療者のネットワークと患者のネットワークは相互が影響を与え合い、一種の「相互ディープラーニング」を行っているということが出来るであろう。脳がニューラルネットワークをその本質部分として有している場合、対人関係において生じるのはそのような現象として考えざるを得ないのである。