2024年1月10日水曜日

連載エッセイ 11 推敲 3

 2.愛着の障害

 私が「トラウマ記憶なきトラウマ」としてもう一つ上げたいのが、いわゆる「愛着トラウマ」である。トラウマに関する議論と愛着の問題との関連は、最近になってクローズアップされるようになってきたという経緯がある。衝撃的で苦痛や恐怖を伴ったトラウマ体験が特殊な記憶、すなわちトラウマ記憶という形で脳に刻印されることは確かである。しかし人が記憶を形成することが出来るのは、少なくとも大脳辺縁系の海馬という部分の成熟を待つ必要があり、つまり年齢で言うとだいたい最初の記憶が生まれる3~4歳以降である。しかしそれ以前に被った被害もその後の心の成長過程を大きく左右することは古くは1940年代以降のボウルビーやスピッツ等により明らかにされてきた。トラウマを先ほどのように、「外的な要因により傷つけられることであり、それがのちの心の成長に不可逆的な影響を与えることである」とするならば、それは記憶が形成される以前にも生じうる。「トラウマ関連障害とはトラウマ記憶が形成されること」はトラウマの定義を狭く取り過ぎていたことになる。 

 このような経緯で愛着障害もまたトラウマ関連障害に含まれるようになった。具体的には反応性愛着障害、脱抑制型対人交流障害の二つが、2013年に発刊されたDSM-5以降にトラウマ関連障害の中に分類されるようになったのである。

 この愛着とトラウマを脳のレベルでとらえた人物としてはアラン・ショアをあげることが出来るだろう。アランショアはUCLAの精神科で活躍する心理学博士(80歳)である。彼は精神分析、愛着理論、脳科学を統合する学術研究を発表している。特に「愛着トラウマ」の概念が知られている。欧米には関連領域について縦横無尽に研究をし、論文を発表する怪物のような人がいるが、アランショアもその様な人である。だから彼の理論を学ぶことは、精神医学、精神分析、脳科学、愛着理論のすべてを総合的に考えることが出来るという機会を与えられることになるのだ。