結局かなり書き直しをしながら書くことになりそうな新著。「第1章 脳とトラウマ」はこんな感じで始める。
本書はトラウマという問題について考え、トラウマを被った人々に対するこころの援助を考えることをテーマにしている。その冒頭の章として脳について論じる事にはそれなりの意味がある。それをひとことで言うならば、トラウマが生じる場所は脳だからなのだ。とはいえもちろんトラウマ、すなわち外傷は身体のどのレベルにも生じうる。
トラウマは人類の歴史が始まって以来人を傷つけその健康を害する現象の一つとして、感染症などと共に常に関心を向けられていたことは言うまでもない。しかし心に被った外傷という意味でのトラウマ(最近では「トラウマ trauma 」という場合にそれにもっぱら限定されることが多いが)が注目されるようになったのは米国において1960~70年代になってからである。それが米国において1980年のDSM-ⅢにおいてPTSD(心的外傷後ストレス障害)として正式に疾患概念として確立したのである。PTSDの概念に先行するものとしては、例えば第一次大戦中のシェルショックであり、後に、第二次大戦後にエイブラム・カーディナーが外傷神経症、戦争ストレスと神経症などの著作により、一般に戦争神経症と言われる概念の先駆けとなった。
ただしこのシェルショックの概念は必ずしもトラウマの位置を脳には限定していなかった。その一歩手前だったと言えるだろう。1917年に英国の心理学者チャールズ・マイヤーがこれを唱えた時、実は砲弾が空中を飛翔する際に生じる衝撃波が兵士の脳に影響を及ぼすと考えていた。だからこそ後に砲弾の飛び交う前線に居合わせなくても同様に精神を病む人々を目にして、この考えは訂正される必要に迫られるという歴史があったのだ。