ベルッジとインセンティブ感作理論
こうしてドーパミンの「最終共通経路説」は否定されたことになったのだ。ちなみにこれらの発見に大きく貢献したのがケント・ベルッジという学者の「インセンティブ感作理論 incentive sensitization model」 (略してISM理論)であった。
このISM理論は「最終共通経路説」の含む矛盾を説明する理論として現在注目されている。それは私たちが実際に快楽を味わうという事とその体験を想像するという事が全く異なることを示したのである。以下にそれを説明しよう。
私たちが快を求め、不快を回避する事は、生命体の維持にとって合目的的といえるだろう。通常は生命維持に役立つ物やことがらについては心地よく感じられ、害になるものはその逆の傾向があるからだ。でも私たちは自分を害するものやことがらにやみくもに向かってしまうことがあるのである。
ここからは人間の例に引き付けて考えよう。サルやネズミにとっての甘いシロップの代わりに、人間にとってのチョコレートを例にあげよう。私達の多くはチョコレートのような甘いものを好むが、それを永遠に貪るわけにはいかない。それにはいくつかの理由がある。はるか昔の文明開化の頃なら、チョコレートは舶来の貴重品で、簡単に手に入れることなどできなかっただろう。今では安価になりコンビニでどこでも手に入るようになった。でも私たちの多くは「ダイエットしているからこれ以上ダメ!」といって自らにストップをかけるだろう。あるいは「甘すぎて食べていると頭が痛くなる」とか、単純に飽きが来るのが普通だ。快の源は一定の範囲でしか私たちを惹きつけないのである。
あるいはジョギングなどの運動でもいい。適度のジョギングを快適に感じる人は多いであろう。しかし30分も走れば息が上がり、もういい加減にやめて家に帰りたくなるだろう。(私は3分でもうたくさんである。)
ところが私達は何事かに「ハマる」とか中毒になるという状態を時々経験する。お腹がはちきれそうになってもチョコレートなどのお菓子を止められなかったり(過食症)、体は悲鳴をあげながらもジョギングを止められなかったりする(いわゆる「ランナーズハイ」)という事が起きる。それはなぜなのだろうか?