本年11月26日の 日本小児精神神経学会の講演の抄録である。
「脳科学から見た子供の心の臨床」
最近の精神医学には、これまで関係が深いとはいえなかった複数の研究領域、たとえば脳科学、愛着理論、トラウマ理論、解離理論、精神分析が融合される傾向がある。とくに脳科学の領域においては、子供の心の臨床に応用できるような知見が提供されつつあり、そこには脳科学的な知見を取り入れることに積極的な臨床家の貢献があった。その中でも Allan Schore は R.Spitz や J.Bowlby や DW. Winnicott さらにはD. Stern らにより描かれた早期の母子関係が脳科学的に根拠づけられることを論じ、特に愛着関係における様々な侵襲的な要素を「愛着トラウマ」として概念化した。そして特に乳幼児の右脳の機能の発達に着目することの重要性を説いた。Schore によれば右脳は発達早期に左脳に先んじて機能を開始し、そこで母親の右脳の機能との相互作用によりその発達が促進され、他者との情緒的な関係を結ぶ基盤が形成されることを論じた。ちなみにこの右脳の機能については最近の J.B.Taylor の著作が新たな視点を提示している。
この Schore の説は一世紀前に活躍した精神分析家 Winnicott の論述と驚くほど符合する。Winnicott が論じた母親からの侵襲の概念や、彼の弟子 M.Khan による累積トラウマは Schore の論じる愛着トラウマを大きく先取りする議論であった。現代の発達論においては母親のミラリングや情緒応答性の重要性や、それが障害された場合に生じる情緒発達の障害の議論へと受け継がれている。
これらの理論を臨床的に反映させたものとしてP.Fonagy らのメンタライゼーションの理論をあげることが出来よう。この理論においては母親の情緒応答性の欠如による内的対象像の病理についてきめ細かく論じられ、それが境界パーソナリティ障害の成立の機序を説明しているが、様々な病理に応用可能である。
報告者は一臨床家として次のような提案を行いたい。現代的な子どもの心の臨床は、これらの理論を踏まえ、トラウマ的な視座を中心としたきめ細かなケアを行うべきであろう。そして家庭での母子関係の在り方は将来は生物学的にも検証可能な形で示すことが出来るものと考える。