2023年10月28日土曜日

連載エッセイ 10-1の書き直し

昨日書いた分をもう書き直す。よほどこのテーマについて考えが定まっていないわけだ。 

 前回のエッセイ(第9回目)では、あるものを摂取したり、ある行動を起こしたりする場合、それに伴う心地さ(L)が、それに対する希求の程度(W)とだいたい一致していることで、私達の生命は維持できているという話をした。そしてこのWを生み出しているのが報酬系であり、ここが正常に働くことでWとLは釣り合うことが出来ると述べた。  今回はこの二つが離れていく現象としての嗜癖という事について考える。その例については前回すでに触れてある。それ等は例えばニコチン中毒の人にとってのタバコや、ギャンブル依存の人にとってのかけ事だ。それ等の活動による喜びL自体はかなり低下していても、それをやりたいという願望Wだけが異常に高まるという事が起きる。実に不思議なことだがこれが嗜癖と呼ばれている現象である。  この嗜癖において何が起きているのかを考えてみる。通常のWとLの関係は釣り合っているのであった。つまりWはLで満たされ、しばらくWは低減するのだ。これは考えてみれば実にうまく出来ている仕組みだ。たとえばあなたがものすごく喉が渇いていて、コップ一杯の水を喉から手が出るほど欲しい場合を考えよう。500CCのペットボトル一本の水を飲んだら少しは落ち着くし、それ以上はいらなくなるだろう。つまりWとLが釣り合っているという条件を満たしてくれるのは、 渇中枢 thirst centerが満たされることで「水を摂取せよ!」という指令を送らなくなるからだ。こうしてWは自然と下がるのである。生理学的にはこれはネガティブフィードバックと呼ばれる。  しかし考えてみればこのシステムだってそれが働く保証はどこにもない。恐らく生命体が存在し始めた時に、この種のサーモスタット的な仕組みはすでにあったのであろう(というかそれを備えない個体は生き延びなかったことになる。)そしてそれが働かないと、行きつくところまで行ってしまうことになる。事実精神科では「水中毒」という症状があり、患者さんはいくら水を飲んでもそれを止めることが出来ない。いわゆる「ポジティブフィードバック」とはその仕組みを言う。ある種の活動は更なる渇望を生み、一定のクライマックスに達するまで突き進む。性的なオーガスムが例としてよく出されるが、例えば排卵 ovulation 等の例もある。WがLにより満たされるどころかそれを増大させるという状況が起きていると、まさに「止められない」という事になる。そして実は通常はネガティブフィードバックのループが備わっているある種の行動や飲食物のそれが外れると、嗜癖のような状態が出現する。  ネガティブフィードバックの仕組みが壊れる場合としては、過剰な行動が快感に結びついてしまうという場合もあるだろう。思いつくのは「首絞めゲーム」とか,辛い物への嗜好である。首を絞められて低酸素になるのはこれほど苦しいことはないと思うのだが、それが快感につながる場合があるからこそこのようなゲームが成立する。激辛が好きな人の場合も、口腔内の「痛み」が快感に結びついてしまうという事が原因であると私は理解している。  つまりネガティブからポジティブへの変換は、あらゆるものについて生じる可能性がある。だからおよそあらゆる事柄について、それを体験しても普通は飽きてしまうはずなのに、逆にはまってしまうことがある。水中毒の例がそうであるし、例えばサウナ依存もそうだ。  その様な現象を説明する手段としてよく用いられるのが、それ等の強烈な刺激がドーパミンの放出に繋がってしまうというものである。普通は不快な刺激、例えば過度に鞭で打たれること、サウナ依存のように熱いサウナに入り続けることなどで、ドーパミンが放出される。するとドーパミンシステムはサボってしまい、通常の事では出なくなる、と説明される。  さてここで私ははたと考え込んでしまう。それは本当だろうか。これは「最終共通経路説」による説明ではないだろうか?つまり快感はドーパミン放出のせいである、という理論であるが、これはベリッジらにより否定されたはずではなかったか?  もう一度考え直そう。ポジティブフィードバック現象において特徴的なのは、刺激が強くなれば飽きが来る、という事が起きず、それが更なる快感を生むという事態である。だから嗜癖に一直線で進むことになる。ここでは例えば鞭に打たれることがたとえLを生まなくてもWを生み、それが記憶されたのちにより大きなWが形成されるという事になる。すると必然的により大きな刺激によるWの体験を求めることになる。そしてこれが結果的にマイナスWの苦しさを生むことになる。そこで何が起きているかと言えば、刺激が強いほど大きなWという仕組みがあるレベルまで行きつくと壊れてしまうという事だ。いくら強くしてもWはある程度以上は大きくならない、どころかむしろ小さくなってしまう。なぜならドーパミンの放出量には限度があるからだ。(もしこれがなければ無限ループという事になる。)さてここからが面白いところだ。