2023年9月22日金曜日

来年の精神神経学会に向けて

 昨今の診断基準や話題について


この件に関しては、「ICD-11における解離症」として本年の総会のICD-11委員会のシンポでお話ししたことの骨子をそのまま話すことになる。以下はその抄録である。

「解離症はその診断や治療に関して、いまだに精神科医により異なる見解が示されることの多い精神障害である。1980年にDSM-Ⅲに掲載されて以来、幾つかの変遷があり、ICD-11においてそれまでの定義(2013年のDSM-5も含む)からいくつかの変更点が加えられ、より一貫性を有する臨床的に有用な診断基準に至ったと考えられる。ICD-10 からの変更点としては、以下のとおりである。①解離症の分類が大幅に改変され、それまでは「その他の解離性障害」のもとに多重パーソナリティ障害として位置づけられていた解離性同一性症が一つの独立した診断として示され、②その不全形ともいえる「部分的解離性同一性症」も加えられた。③解離性遁走が解離性健忘の下位診断として捉えなおされた。④従来の転換症が解離症の一つとして位置づけられている点はICD-10 と変わらないが、転換 conversion という表現は消えて「解離性神経学的症状症」という表現が用いられたことも目新しい点である。⑤またICD-10では解離症とは別に分類されていた離人症と現実感喪失症が,解離症に組み込まれた。解離症に分類されてはいないながらも、解離性の症状を示すいくつかの精神障害も示されている。⑥‐1 PTSDにおいては解離性フラッシュバックという表現がなされ、新たに加えられた。⑥‐2 CPTSDとともにトラウマ関連障害における解離症状の存在が明確に示された。また⑥‐3 パーソナリティ症における特性の一つであるボーダーラインパターンにも、DSM-5に準じて「一過性の解離症状または精神病様の特徴」が記載されている。この様にICD-11における解離症は心身の両面を含む包括的な視点に立ち、より臨床に即した形で提示されているといえよう。 

🔴解離症の分類が大幅に改変され、臨床的に見てより一貫性のある診断基準となった。

🔴解離性同一性障症 (←多重人格障害)の診断が明示された。

🔴転換(変換) conversion という表現が消えた。解離性神経学的症状症のもとに一群の診断名が挙げられた。(≒DSM-5)

🔴心因や疾病利得の概念への反省を伴い、ヒステリー概念からの更なる脱却を意味していた。

🔴解離性神経学的症状症が依然として解離症に分類された。(≠DSM-5)

🔴器質因の不明な身体症状と精神症状を統合する方向に向かった。」


また今週に発刊される季刊精神科 Resident Vol.4 No.4 特集 「身体症状症」に書いた論文もそれとだいたい同じ論調です。

 変換症

本症は従来は転換性障害 conversion disorder と呼ばれていたが、DSM-5の日本語版(2014)では、「転換性障害/変換症(機能性神経症状症)」という呼称を与えられている。その後に公開されたICD-11(2022)では、conversion という言葉も消え、解離性神経学的症状症 dissociative neurological symptom disorderとなった。さらに2022年のDSM‐5のテキスト改訂版(DSM-5-TR)では「機能性神経症状症(転換性障害/変換症)」に変更された。すなわち conversion という呼び名はさらに表舞台から遠ざかったことになる。この様な頻繁な名称の変更の背後には、conversion という概念ないしは表現を今後は用いないというDSMやICDの方針があるからである。ただし本稿ではDSM-5で示されている変換症という呼び方に統一して論じる。
 なお本症は、DSM-5ではあくまでも「身体症状症および関連症群」の一つとして、すなわち身体症状症、病気不安症などと並んで分類されている。他方では ICD-11では本症はあくまでも解離症群の一つとして位置づけられていることを念頭に置く必要がある。
  変換症では身体の機能の異常、すなわち随意運動や感覚機能の異常がみられるものの、特定の神経疾患では説明が出来ないという特徴を持つ。具体的には麻痺ないしは脱力、振戦やジストニア、歩行障害、異常な皮膚感覚や視覚、聴覚の異常などが見られる。また意識の障害を伴う癲癇発作に類似する症状(心因性非癲癇性けいれん,PNES)を示すこともある。他方では内科疾患の存在を疑わせる自律神経系の異常や疼痛その他の身体症状を呈するものの内科疾患の存在が確認されない場合は、身体症状症(DSM-5)や病気苦痛症(ICD-11)等に分類される。
 DSM-5 では変換症の診断には以下の4項目が必要とされる。
A. ひとつまたはそれ以上の随意運動、または感覚機能の変化の症状。
B. その症状と、認められる神経疾患または医学的疾患とが適合しないことを裏づける臨床的所見がある。
C. その症状または欠損は、他の医学的疾患や精神疾患ではうまく説明されない。
D. その症状または欠損は、臨床的に意味のある苦痛,または社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしているか、または医学的な評価を必要としている。

また本症は以下のいずれの症状を伴うかにより、それぞれの型に特定される。それらの症状とは、脱力または麻痺、異常運動、嚥下症状、発話症状、発作またはけいれん、知覚され麻痺または感覚脱失、特別な感覚症状、混合症状である。また心理的ストレスを伴うかどうかも特定する必要がある。


診断に関連する特徴

従来は疾病利得や症状への無関心さがみられることが本症の特徴とされてきたが、これらの存在は本症に特異的ではなく、これらを診断基準とすることが本症への偏見につながるとの懸念から、DSM-5やICD-11では診断基準から省かれるに至っている。発症に際しては心理的要因がみられる場合が多いが、本症の診断に必須ではない。
  変換症の発症は二十代、三十代を中心とするあらゆる年齢層に見られる。発症が急激で持続期間が短いほど予後がいいが、再発もまた多い。
 性差は女性に二倍多いとされる。また男性の場合、職業上の何らかの事故が発症に関連していることが多いという報告もある。子どもにおける症状としては、歩行困難やけいれん発作が最もしばしばみられ、その背景にいじめや学校ないし家庭におけるストレス等がみられることが多い。

鑑別診断

上記の診断基準に見られるとおり、本症は神経疾患や内科的疾患の存在を疑わせるような様々な身体的な症状の形を取り得る可能性がある。そのために鑑別が難しく、症状が類似する身体疾患の除外も念入りに行われなくてはならない。ただし無論それらの身体疾患との併存もありうる。また解離症との合併も多く、解離性同一性症の場合はその人格の一つが示す症状ともなりうる。さらには醜形恐怖症、抑うつ障害、パニック症なども鑑別の対象となる。本症が疑われるものの、症状の偽装が明らかな場合は作為症ないしは詐病として診断されることになる。