2023年9月30日土曜日

テクニックとしての自己開示 その4

 H. Bacal の最適な応答性 optimal responsiveness の概念

 自己開示との関連で私がここで紹介したいのが、バカルという分析家の「最適な応答性」という概念である。バカルはカナダ人のコフート派である。(カナダ人ということもあって彼の名前 Bacal は英語読みの「ベイカル」ではなく、フランス語読みの「バキャル」という事らしい。

 この「最適な応答性」という用語は、フロイトの「最適な欲求不満足 optimal frustration」と対をなしている。コフートは1977年の「自己の修復」で「最適な欲求不満足」がその治癒プロセスで重要であると説いたが、その際同時に「最適」とは何かについてのことかも問題にしている。最適な、という限りは欲求を満たすことにもそれがあり、最適な欲求不満足も最適な欲求充足 optimal gratification も患者にとってよりよいものであればいい、という事になる。ただ 欲求充足 gratification という概念はあまりに禁欲的なフロイトの精神分析にはそぐわないう事もあり、応答性 responsiveness という用語をバカルが用いたという事であろう。

Bacal,H (1985) Optimal Responsiveness and the Therapeutic Process. Progress of  Self Psychology. (1):202-227

 いうまでもなく、応答性とはそこに居て答える、反応するという意味である。精神分析においては分析家が無反応であることが様々な問題を引き起こすので、少なくとも反応性は保っていましょう、というメッセージが込められている。これに自己開示の問題と重ね合わせると、治療者の自己開示は治療の文脈で必要に応じて、多くは患者からのリクエストにより行われるものであるということが出来よう。

「来週のセッションは、学会出席の為にお休みします」という治療者からの自己開示は、セッションの中止を伝えた際に患者から「どちらかに行かれるのですか?」と問われて答えた場合と、自分から積極的に伝えた場合とではニュワンスは非常に異なるのである。そして学会出席のことを特に伝えない場合にも、最初からそのことに触れない場合と、患者から「来週は何か先生は御用があるのですか?」と問われて「・・・・・・・」と無応答である場合とでは全く意味が異なってくるのだ。

このバカルの論文で有用なのは、患者の求めに対して自己開示をしない場合に生じる欲求不充足を、最適な欲求不充足 optimal frustration と、外傷的な欲求不充足 traumatic frustration に分けているという事である。この分類も興味深い。