2023年8月30日水曜日

連載エッセイ 8の2

 右脳が先に働きだす-愛着と発達の関連

 右脳の問題の一番興味深いことは何か? それは右脳は人間の基本部分を司っているからだ。極端な言い方をすれば、右脳は「真の自己」、左脳は「偽りの自己」(いずれもDW. Winnicott, RD. Laing などの意味で)なのだ。そしてなぜそう言えるかと言えば、そもそも人間は生まれてしばらくはもっぱら右脳しか機能しているということだ。

 右脳は外部からの情報の全体を捉え、すなわち空間的な大枠を理解し、相手の感情を読み取り、非言語的な情緒的な交流を行うことが出来る。そしてそれは赤ん坊が生れ落ちてからさっそく必要としている事なのだ。赤ん坊は見るものの詳細部分を分かる必要もないし、母親の言葉の意味を理解する必要もない。これらは左脳の役割だが、それを生下時から行う必要がないこともあり、まだ左脳の準備は整っていないのだ。さらには左右脳をつなぐケーブルである脳梁自体が最初の一年は十分に機能していないため、情報交換も十分できない。ということで赤ん坊は右脳のみの片肺飛行と言ってもいい。(ただし身体を動かし、感じるという機能は左脳でも生下時に既に開始している。)

 この右脳優位の状態で赤ん坊は最初の一年でみっちり母親との関りを行う。そして最初の言葉を発する以前から、赤ん坊は人としての心の基礎を築くのである。つまり快不快に応じて身の処し方を決め、相手との言葉以前の意思の疎通を行なうことが出来る。そして考えてみて欲しい。これが人間の心の本質ではないか。世の中で起きている事、自分の身に迫ってくることの全体を大枠においてつかみ、そこで関わってくる相手の心情をつかみ、それに応じて関りを持つこと。それが最も大切なのだ。つまり赤ん坊はすでに右脳のみにより生きるという基本的な営みを行なうことが出来る。すると左脳による言葉による理解や表現はことごとく付け足し、あるいは右脳により行っていることの保障、あるいは後付けや正当化をするために発達していくものなのである。細かいことへの拘り、運動や発話による表現の微調整等は二の次なのだ。ただしこれに人間は非常にこだわり出すことになる。いわゆる発達障害や強迫性障害はことごとく左脳が生み出した問題なのだ。

 生後一年の、概ね右脳だけの言葉を話す前の赤ん坊が、生物としてはすでに完結しているという考えは極端であろうか? そうではない。例えば身近なペットのワンちゃんを考えて欲しい。彼らはもっぱら右脳的な心で生きているというところがある。犬の左脳は言葉を扱えないが、おそらく飼い主からの簡単な支持だったら理解することが出来るだろう。あるいはAが起きたから次はBで、次は恐らくCだ、というような物事のシークエンスを理解するのは左脳かも知れない。しかしワンちゃんの存在意義と言ってもいい、人の心の情緒的な側面をつかみ、関わってくる部分は、ほぼ右脳機能と言っていい。それで人間のパートナーとしてすでに完結しているのである。