2023年7月26日水曜日

連載エッセイ6の9

    この仕組みは次のようだ。昔コンピューターが一つのCPU(中央演算装置)しか持っていなかった時は、「タイムシェアリング」という技術を用いていたという。それはある瞬間にはアプリAを、次の瞬間はアプリBを、と行ったり来たりしていたのだ。つまり一秒間に何度も行ったり来たりして、時間を二つのアプリで分けるということをしていたのだ。どうりで昔のパソコンは、同時に二つのプログラムを立ち上げると、どちらも「遅く」あるいは「重たく」なったり、すぐフリーズしたりしたものだ。

 ちなみに最近ではコンピューターはデュアルコアといって、CPUを二つむようになり、そのうち最近では8つを積むマルチコアになっているという。するとそれぞれのコアが一つのアプリを担当して専門にやるということが出来る。こうなるといくつものアプリを立ち上げていても、どれもがサクサク動くのである。


人の心はタイムシェアなのか、マルチコアなのか?


  ではこの二つのモデルは実際の人間の脳ではどの程度実現するのであろうか。おそらく私たちの脳に起きている可能性のあるのは、一種のタイムシェアリングであることはすぐに思いつくだろう。例えば私たちは他人に対して何かを言うとき、「これは聞いている方からはどう取られるだろう?」ということをよく考える。あるいは何かを言う前に、「今私がこれを言ったら相手はどう感じるだろう?」と考えることがある。ある種の共感能力といっていい。「相手の立場に立って考える」というのは私たちの心の基本的な性質や能力として備わっていると考えていいだろう。その意味では上に挙げた二つのゲームアプリが交代するような「すり替わる王なモデル」が可能かもしれない。しかし問題は、そのすり替わりのスピードなのだ。

 忍者漫画に出てくる分身の術では、忍者が半秒と同じ場所に留まらず、次々と場所を移し、その残像が、あたかもそこに複数の人間の存在という印象を与える。しかしそれがAという人格とBという人格の共存という錯覚にまで結びつくのだろうか。

 ちなみに多重人格状態においてこの「すり替わりモデル」を唱えたのは、かのフロイトであった。フロイトは「心は一つ」を信奉する人であったが、以前に目にしたことのある多重人格のことがどうしても気になったらしい。何しろ先輩のブロイアーによって治療されたアンナO等は典型的な多重人格症状を示していたからだ。そして後の1936年になって離人症について言及したついでに、この説を唱えている。


「離人症の問題は私たちを途方もない状態、すなわち『二重意識』の問題へと誘う。これはより正確には『スプリット・パーソナリティ』と呼ばれる。しかしこれにまつわることはあまりにも不明で科学的にわかったことはほとんどないので、私はこれについては言及することは避けなくてはならない。」(Freud, 1936. p245)」

  つまりフロイトは解離を否定しつつも、多重人格状態に関する仮説的な考えを表明していたのだ。1912年の「無意識についての覚書」の中でフロイトは多重人格について、いわば「振動仮説」とでもいうべき理論を示している。

「意識の機能は二つの精神の複合体の間を振動し、それらは交互に意識的、無意識的になるのである (Freud, 1912,p.263) 。」


Freud, S. (1936) A Disturbance of Memory on the Acropolis. SE. 22:237-248.
Freud, S. (1912) A Note on the Unconscious in Psycho-Analysis. SE. 12:p263.


 しかし現代の脳科学の知見からは、このようなことは実際に起きないであろうと考える。コンピューターのタイムシェアリングやフロイトの「すり替わりモデル」と違い、AやBの状態でそれぞれ一定の体験を持つことにはそれなりの時間を用いる必要があるのだ。

  その一つの例として挙げられるのが、以下の騙し絵である。これは有名なルビンの壺であるが、二人の人間の横顔が向き合っていると取るか、それとも燭台を前にした一人の顔をとして見るかは、それぞれを一度しかできない。高速でスイッチして、両方が見える、という状態には至らないのである。

(Edelman, Tononi, 2000, p.25)Edelman, G., & Tononi, G. (2000). A Universe of Consciousness. New York: Basic Books.