その一つの例として私が挙げることが出来るのが、以下の騙し絵である。これは有名なルビンの壺であるが、二人の人間の横顔が向き合っていると取るか、それとも燭台を前にした一人の顔をとして見るかは、それぞれを一度しかできない。高速でスイッチして、両方が見える、という状態には至らないのである。
(Edelman, Tononi, 2000, p.25)Edelman, G., & Tononi, G. (2000). A Universe of Consciousness. New York: Basic Books.
実はこの件、前書(解離性障害と他者性、2022)で結構書いている。こんな内容だった。
「この様に考えるとスイッチングにより二つの意識状態を取ることが出来るというのはそれほど生易しいものではない。ちょうどこのだまし絵(図5-4、Edelman, Tononi, 2000 より)で、一人の顔を見ている意識状態と、二人の顔を見ている意識状態が「共存」しているとはとても言えない状態であるのと同様に、スイッチングにより二つの意識が共存しているような状態はとても作れないであろう。(同様の議論は、第7章を参照。)ちなみにこの二つの意識状態の素早い入れ替わりというアイデアは、すでにFreudが提出していることを思い起こそう。それが第3章でFreud の「振動仮説」として紹介したものである。(p。58)
「FreudとBreuerの考えの違いを追い、そもそもFreud はヒステリーの原因を一つに絞る上で、Breuer の類催眠—解離理論を捨てたという経緯があったことを以上に示した。Freud は「自分自身はこの類催眠状態を見たことがない」とし、代わりに内的な因子である性的欲動を中心に据えた理論を選択した。しかしFreud は解離や多重人格という不可思議な現象のことを本当に忘れたわけではなかった。
実はFreud はこんなことを1936年に書いている。
離人症の問題は私たちを途方もない状態、すなわち『二重意識』の問題へと誘う。これはより正確には『スプリット・パーソナリティ』と呼ばれる。しかしこれにまつわることはあまりにも不明で科学的にわかったことはほとんどないので、私はこれについては言及することは避けなくてはならない。」(Freud, 1936. p245)
つまり Freud は解離を否定しつつも、多重人格状態に関する仮説的な考えを表明していたのだ。1912年の「無意識についての覚書」の中でフロイトは多重人格について、いわば「振動仮説」とでもいうべき理論を示している。
意識の機能は二つの精神の複合体の間を振動し、それらは交互に意識的、無意識的になるのである (Freud, 1912,p.263) 。
また1915の「無意識について」でもやはり同じような言い方をしている。
私たちは以下のようなもっととも適切な言い方が出来る。同じ一つの意識がそれらのグループのどちらかに交互に向かうのである。(Freud, 1915, p.171)
ここで注目されるべきは、「ある一つの同じ意識 the same consciousness」という言い方だ。同じ一つの意識がそれらのグループのどちらかに交互に向かうのである。つまり結局意識は一つであり続けるという事になる(Brook,1992)。