まとめ
以上共感の脳科学と題して、本テーマの最近の知見をまとめてみました。現在の脳科学的な研究は、それを情緒的な共感と認知的な共感に分け、後者を心の理論ToMと同等のものと見なして、それをさらに認知的なToMと情緒的なToMと分けるという傾向について論じました。そして情動的な共感はしばしばToMと分かちがたく結びついている場合があり、そこには情動的な在り方を知る上での自分自身の記憶の想起などの認知的なプロセスはある程度付随するからであるという考えを示すことが出来たと思います。
そしてこれらの所見の臨床的な意味合いを探るうえで、こちらにはセンチメンタルな思いやりsentimental compassionと偉大なる思いやり great compassion という考え方があり、前者は概ね情緒的な共感に相当し、後者は情動的ToMに相当するという関係があるようです。この二つをあえて区別するならば、センチメンタルな共感が扁桃核の活動を伴うのに対し、偉大なる共感はむしろ認知的なプロセスを含み、自らの情動を制御する方向に働くことになります。しかしマインドフルネスの研究が示すように、それはマインドフルネスの瞑想を行うことによりさらに大きな脳のネットワークの改変に向かうものと考えられるかもしれません。それは3モードの間の結びつきの深まりであり、言葉を変えれば脳が一つのネットワークの過剰な興奮に留まらない、より柔軟で流動的な働きに導くということです。それは自らの心をいたわりつつ他者に寄り添い、援助するという私たち臨床家の役割に一致した方向性を示していると考えられるでしょう。