2023年3月31日金曜日

精神分析的精神療法の現状と展望 1

 1.はじめに

 精神分析的精神療法 psychoanalytic psychotherapy 以下文中ではPAPと略記する)とは精神分析的な理論や技法を用いつつ行う主として週一回の治療プロセスを指す。同様の意味として力動的dynamic 精神療法、洞察志向的insight oriented 精神療法などの表現が用いられることもある。このPAPの現在の在り方と今後の展望が本稿のテーマであるが、これについて論じることは決して容易ではない。精神療法とは主として週に一度の対面による治療プロセスを指すものと理解されているが、現在では実に様々な種類が提唱されている。その中で特に精神分析的なオリエンテーションを持つものが、このPAPに相当することになる。しかし何を「精神分析的」と捉えるのかについても現在では多様な考え方が提案され、今後もその傾向が続いていくと考えられるのである。

従来の週4回以上、寝椅子を用いた精神分析と並行して、あるいは場合によってはその代替手段としてPAPが提唱され、実践されるようになった経緯は、米国の精神分析における1970年代以降の動きが深く関係している。この問題に深く関与し、また多くの著作を残しているR. Wallerstein (1989) はその発展を1940年代から70年代の、他の支持的精神療法との差を明確にしようとした時代と、それ以降の様々な提唱者の間での共通理解が失われている時代とを分けている。筆者もその理解に従い、以下の4つのテーマに分けて論じたい。

Wallerstein, RS (1989) Psychoanalysis and Psychotherapy. A historical Perspective. Int.J.sychoanal.70: 563-591.

l   表出的支持的療法とPAP

l   精神分析との対比におけるPAP

l   現代的なPAPのあり方 PAPであることの多様化

l   今後の展望 「精神分析的」であることの多様化

 2.表出的-支持的療法としての精神分析的精神療法

 

PAPを考えるうえで表出的ないし支持的精神療法についての議論を振り返っておくことは非常に重要である。なぜならそれはPAPが生まれた背景と、それ自身が背負っていた方向性を明らかにするからである。

1900年代の初頭にS. Freud が提唱した精神分析がその後の精神医学や心理学の世界に極めて大きな影響を及ぼしたことは間違いない。Freud が提唱した週に数回のカウチを用いた自由連想法は広く実践され、しばしば年単位で継続されるものとなった。しかしそれは時間的、経済的な負担の為に多くの議論を呼んだ。そして精神分析の内部でもO. Rank F. Alexanderやのように精神分析の回数を制限し、迅速に行おうという動きが見られた。また精神分析から派生したD.H. Malan, P.E. Sifneos らによる短期療法などが提唱されるということもあった。

その流れの中で、1950年代には支持的精神療法という用語はすでに見られていた。M. Gill (1954) そのほかにより、精神療法をより精神分析的な原則に沿った表出的な療法とそれ以外の療法とを分けるという試みがなされたのである。そしてその背景としては、治療者の受け身性や自由連想を用いた通常の精神分析的なかかわりが必ずしも奏功しない境界パーソナリティ障害などに対する関心が高まっていたという事情もあった。
 ここで表出的、とは患者の持つ葛藤や防衛を分析して解釈し、その無意識内容を明らかにするのに対して、支持療法ではむしろ防衛を強化し、無意識の葛藤を鎮めるという意味がある。この表出的という表現は分かりにくいが、患者に自由連想等で自分自身をできる限り表現することを促す一方で治療者は受け身性を守るという意味で広く用いられ、探索的、洞察志向的、という表現と同義である。そして当初は支持的なアプローチは探索的なそれとはまったく別のもの、精神分析的ではないものであるという理解がなされていた(Gabbard, 2019, P100)。

 

Gill, M (1954) Psychoanalysis and exploratory psychotherapy. J.Amer. Psychoanal. Assn. 2:771-790.

この表出的か支持的かという議論はそこに特別の優劣を決める性質のものではないが、精神分析の世界ではやはり表出的、探索的な手法がより正統派の分析的なアプローチであるという考え方が広く存在した。そしてその考え方は今に至るまで一部の精神分析家の間に根強く残っているということが出来るであろう。

Wallerstein は当時精神分析的な治療を主体としていた米国のメニンガークリニックにおいては、臨床家の間で次のような原則が守られていたとする。

できうる限り表出的であれ、そして必要な分だけ支持的であれ。(p.688Be as expressive as you can be, and as supportive as you have to be.Wallerstein, P688

Robert S. Wallerstein (1986) Forty-two Lives in Treatment: A Study of Psychoanalysis and Psychotherapy. New York: The Guilford Press.

そしてそれを唱える分析家の心には次のような考え方があったという。

「内的な葛藤の解決を導くような、表出的な方法により得られた変化は、支持的方法のみによりもたらされた変化より、より広範に及び、より永続的で、将来の環境の変遷や圧力により強力な耐性を持つ。」

すなわち依然として精神分析の優位性はゆるぎないものであり、精神療法はその代替手段として用いられるものの、その中でもより精神分析的なかかわりを求める表出的精神療法を、支持的精神療法と区別し、純化すべきであるという考え方が支配していたのである。

このような考え方はそもそもFreudの考えの基本にあった。Freud (1919) は純金としての精神分析は直接的な示唆という銅との混ざりものとすることを戒めたのである。ここでFreud が純金にたとえたのは、表出的な方法による内的な葛藤の解決や洞察に至るプロセスを意味し、それを支持的なアプローチにより汚すべきではないという意味に捉えることが出来ようが、米国における実証主義的な気風は、これを大がかりな研究プロジェクトにより明らかにすべきであるという動きを生んだ。

Freud S (1919). Lines of advances in psycho-analytic therapy. SE 17:157–68 (小此木啓吾 訳(1983):精神分析療法の道. フロイト著作集9. 人文書院 pp127-135)

その実証研究の代表が、メニンガークリニックにおける精神療法リサーチプログラム(PRP)であった。そこでは精神療法を表出的なものと支持的なものに分けてその治癒機序や効果を判定し、また精神分析と比較するという試みがなされた。しかしその結果として明らかになったのは、純粋な分析からドロップするケースが多く現れ、また表出的なアプローチを前提として行った治療にも実際には数多くの支持的な介入を行っているということであった(Wallerstein, 1986)。