2023年4月1日土曜日

精神分析的精神療法の現状と展望 2

 3.表出的-支持的スペクトラムという考え方

 

このPRPによる研究結果は、それまで無条件に受け入れられていた精神分析的な治療理論の優位性を問い直す契機として当時の米国の精神分析家たちに大きく立ちはだかったことになる。そしてそれはいくつかの貴重な教訓をもたらしたのである。

一つには自由連想と解釈を中心とした純粋な精神分析は理念上でしか存在せず、実際の臨床場面ではそのスペクトラム上の様々な介入がなされているということである。そしてそこに表出的であることがより良い治療手段であり、支持的な介入は劣るという考え方の根拠がないということであった。すなわち「できうる限り表出的であれ、そして必要とされるだけ支持的であれp.688)」を信じる根拠はないということである。この点に関してWallerstein は「支持的療法による構造的な変化が、表出的療法により得られたそれに比べて永続性がないという証拠はない」と述べている。Wallerstein は次のように述べる。「すべての治療は常に表出的でありかつ支持的である。彼はまた次のようにも述べる。「問題はいつどのように表出的で、いつどのように支持的なのか、ということなのだ。Wallerstein1986, p.689」」

 この研究からわかることは、おそらく通常の治療者はこの連続体の中で治療状況に合わせて縦横に行き来しているであろうということである。Gabbard 自身はそのスペクトラムとして、次のようなものを示している。


G.O. ギャバード著、奥寺ほか監訳 (2019) 精神力動的精神医学 第5 岩崎学術出版社(G.O. Gabbard (2014) Psychodynamic Psychiatry in Clinical Practice. Amer Psychiatric Pub Inc.

 Gabbard (2014) はこのような考え方に立ったPATについて、それを「表出的—支持的精神療法」として提示する。それはWallerstein の言葉にあるように、治療者の介入はその治療状況に応じてこのスペクトラムの上を行き来するという考えに立つ。ただし治療関係や治療状況により表出的な介入に力点が置かれるものと、支持的な傾向の強いものに分けられるとも述べる。そしてそこには従来の精神分析において目標とされた洞察の獲得とは独立して治療者患者関係そのものが治癒的であるという考え方が反映されているとする。そして治療目標自身も治療者のよって立つ理論により大きく異なるとする。つまりそれは洞察を得る事でもあるし、患者の持つオーセンティシティの成立、あるいは関係性の改善などさまざまである。

Gabbard の表出的—支持的精神療法においては、治療の設定そのものも治療関係や治療の文脈によりさまざまに決定されるとする。例えば治療の頻度や持続期間もケースバイケースであるが、6か月以上に及ぶものを長期PATとするという。

ただし治療頻度に関してはGabbard は従来の精神分析的な考え方を踏襲する傾向にある。そして治療において表出的であるほど、セッションの頻度は高くなる傾向があるという。その中でも最大限に表出的な療法としての精神分析が位置付けられ、そこでは週に34回のセッションがカウチを用いて施される。そして主として表出的な精神療法は週に1から3回のセッションでカウチを用いることなく行われる。それとは逆に主として支持的な精神療法は週に一度以上の頻度で行われることはほとんどなく、ときにはひと月に一度の場合もあり得る。また臨床経験から明らかなのは、頻度と転移とは関係していることが多く、表出的な治療では転移に焦点づけることが多いため、週に一度以上の頻度が望ましいとしている。