2023年3月21日火曜日

共感の脳科学 推敲 3

 ちなみにこれらの研究はいわゆるサイコパスにおける脳の機能不全とどの程度関わっているだろうか。スティーブファロンは、「サイコパスインサイド」が言っていた部分だろうか?彼はOFC,vmPFC、ACC、扁桃核を言っていた。微妙にずれているな。これらは情動的ToMと情緒的共感におおむね一致していることになる。これらが先天的に障害された際の病理がサイコパスということが出来るだろう。
ジェームス・ファロン 影山任佐訳 (2015) サイコパス・インサイド―ある神経科学者の脳の謎への旅 金剛出版
共感の脳科学というテーマに関して、もう一つ挙げておくべきなのが、アラン・ショアの最近の業績、特に右脳に関する研究である。
「右脳精神療法」小林隆児訳、岩崎学術出版社、2022、原著はAllan Schore (2019) Right Brain Psychotherapy. W.W.Norton & Company.
 アランショアは母子の愛着状況において生じていることを脳科学的に研究し、それが母親と乳児との間の脳科学レベルでの相互交流であることを見出した。これは赤ちゃんがそもそも共感能力を母親との情緒的な交流を介して身に付ける過程を描き出したという点で注目される。すでに示した認知的共感(ToM)や情緒的共感で用いられる脳の各部位は、そもそも母親によって鍛え上げられるということが出来よう。
 ショアの言葉を借りよう。「発達途上の脳の自己組織化は、もう一つの脳、もう一つの自己との関係の文脈で生起する」(Schore, 1996,p60)(右脳p2)
 ショアはDumas らの研究をもとにして、次のように言う。二人の人間が対面して相互交流をした場合、「1000分の一秒のタイムスケールで、二つの脳の右頭頂部間の同期性が報告されている」という。「右側頭頭頂接合部(TPJ)は社会的相互作用で活性化されることが知られており、注意処理、知覚による気付き、顔と声の処理、共感的理解の状態に中心的に関与していることを彼らは指摘している」(両方ともショア「右脳精神療法」p6より引用)。この部位の役割に注意を向けよう。側頭葉と言えば聴覚皮質において聴覚機能を営み、頭頂葉は体性感覚とつかさどる。そしてここでは視覚、聴覚、耐性、辺縁系の各領域からも入力があるという。そして母子のTPJが同時に機能するのである。これをショアらは「右脳対右脳同期伝達モデル」と呼ぶという。そしてこの右TPJの同期は、共有されたコミュニケーション履歴を持つペアでのみ生起したという。
 ショアが引用しているGuillaume Dumas を参照すると、
Dumas G. Towards a two-body neuroscience. Commun Integr Biol. 2011 May;4(3):349-52.
Dumas G, Nadel J, Soussignan R, Martinerie J, Garnero L (2010) Inter-Brain Synchronization during Social Interaction. PLoS ONE 5(8): e12166. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0012166

その論文に出てくるシェーマは、ショアの著作にも引用されているが、左右の脳の色のついた線の違いについては青がα波、黄色がβ波、赤がγ波として色分けされている。
 ところでこの実験は、二人の人間が互いに手の動きを模倣し合うという作業を通してであったという。両者のEEGを同時に測ったのだ。どうりでTPJが反応するわけである。もし両者が同じ感動を持ったとしたら、両者の島とか前帯状皮質あたりが同期するはずだろう。
 ともかくも共感をつかさどる領域もこのようにして母子関係を通して発達すると考えることが出来よう。