2023年3月22日水曜日

共感の脳科学 推敲 4

 心理療法家にふさわしい脳

これまでの議論を踏まえて心理療法を行う人にとってどのような脳のコンディションがより助けになるかについて論じてみたい。ポールブルームはその「反共感論」の中で興味深いエピソードをあげている(p170)。
ポール・ブルーム、高橋洋訳 2018 反共感論 ― 社会はいかに判断を誤るか. 紀伊国屋書店。

 仏僧にして神経科学者のマチウ・リカールという人は、二種類の異なる瞑想を行うことが出来る。ある瞑想状態において、他者の痛みについて考えると快と高揚を感じたという。次に共感を覚える迷走状態になり同じように他者の痛みについて考えると、、ただちに耐えがたい苦痛に見舞われ、燃え尽きたごとく消耗したという。この話からブルームは類似してはいても異なる二つの感情を提示する。それらは「偉大な思いやりgreat compassion」とセンチメンタルな思いやりsentimental compassion (=共感)である。(日本語訳書では、前者は思いやり、後者は共感と表現されているが訳語の適切さについてはここでは置いておこう。)そして患者の辛い体験を聞くと、後者は疲弊させるが、前者は暖かくポジティブな状態でその人を助けたいと願うというのだ。この様なcompassion 思いやりの異なる種類については、仏教においてしばしば論じられている(Fung Kei Cheng)。そしてセンチメンタルな思いやりは援助者の生産性を損ない、その精神衛生を損なう。それに比べて偉大な思いやりはその様なセンチメンタルな思いやりから解放され、他者を援助する際のストレスも軽減されるという(Fung Kei Cheng)。

 そしてそれをつかさどる脳の部位として、ブルームが示すのが、前者は島皮質、ACC、後者は内側眼窩前頭皮質、腹側線条体であるとする。 すなわち前者は概ね情動的共感に、そして後者は情動的ToMに類似すると言えよう。

この仏教研究から示される示唆は、私達が行う心理療法について考える上でも大きな示唆に富んでいると言えるだろう。実際に私たちは多くのトラウマを負った患者について扱う上でそれを日常業務にする上で疲弊することで確実に治療者としての力を損なうことになりかねない。偉大な外科医を考えればわかるとおり、痛みを体験する患者に対する援助の一番の決め手は、その状況やそこから生じる苦痛を客観的に理解し、その痛みを取り除くべく最大の努力をすることにエネルギーを費やすことのできる治療者であると言える。