この論文には興味深いことも書いてある。なぜ多くのPNESの患者さんが癲癇と誤診されるかというと、脳波や癲癇を専門としない神経内科医は、EEGを深読みしすぎて、すぐに脳波異常を疑ってしまうからだという。だからPNESの診断は癲癇専門医epileptologist によってのみ診断されなくてはならないのだという。これは実に悩ましい問題だ。たしかにちょっとスパイクが出たくらいで脳波異常と決めつけると癲癇と診断されてしまうPNESの方は相当多くなるだろう。
もう少し具体的に、以下の論文からデータを拾う。
Oto, M., & Reuber, M. (2014). Psychogenic
non-epileptic seizures: Aetiology, diagnosis and management. Advances in Psychiatric Treatment, 20(1), 13-22. とにかく詳しく書いてある論文だ。
四分の3の患者が真正癲癇と誤診され、抗てんかん薬を与えられていた。
10%のPNESの患者は癲癇を合併している。
癲癇重積発作としてERに送られてくる患者の25%はPNESであった、などなど。
この論文には、けいれん発作がPNESであることが疑わしい所見をいくつか挙げている。徐々に始まること、突然終わること、3分以上も床やベッドでのたうち回るthrashing こと、ゆっくりと崩れ落ちること。起伏のある運動、同期していない震え、長期にわたって目を閉じていること、頭を左右に振ること、などなどである。あれ?たくさん知らないことも出てくる。癲癇に典型的なものだと考えていることは、しばしばPNESでも起きるとして、以下の例が挙げられている。舌を噛むこと、けがをすること、失禁することなどなど。あるいは夜間の発作。そうだったのか。勘違いするところだった。
さてもう一つ付け加えよう。私がかつて「解離性障害をいかに臨床的に扱うか」(2015年、精神神経誌)で書いたものの一部を引用する。
側頭葉癲癇
解離症状は時には癲癇の症状と区別がつきにくい場合がある。特に患者の行動にまとまりがなく、また深刻な意識変容がある場合、それが実は側頭葉癲癇である可能性があるために注意を要する。以下に米国の Epilepsy Foundation のホームページ にある記載内容をもとにその症状をまとめてみる。(http://www.epilepsy.com/learn/types-epilepsy-syndromes/temporal-lobe-epilepsy
側頭葉癲癇は癲癇の中でももっとも頻度が高いもののひとつとされる。癲癇波は多くの場合側頭葉の海馬から始まり周囲の組織に及ぶ。 側頭葉癲癇はさまざまな名前で呼ばれ、単純部分癲癇(意識喪失を伴わないもの)と複合部分癲癇(意識喪失を伴う)、精神運動発作、辺縁系癲癇、とも呼ばれている。発作の前兆としてしばしば観察されるアウラにおいては、周囲が異様に感じられたり、声、音楽、におい、味などの幻覚が生じることもあり、また吐き気などの消化器症状なども特徴的とされる。アウラは通常数秒から1,2分続くことがあり、それに続く症状はさまざまな形をとる。古い記憶、感情、感覚などが突然襲い、 一点を見つめる、手をいじくりまわす、舌や唇を鳴らす、おかしなしゃべり方になる、などの症状が見られる。診断はMRI(海馬の硬化の所見)と脳波所見(前側頭葉の棘波および徐波 spike or sharp waves)が決め手となり、多くは神経学的な治療により回復する。 Gregory Holmes, MD | Joseph Sirven, MD | Robert S.
Fisher, MD, PhD on 9/2013 Reviewed by: Robert S. Fisher, MD, PhD on
9/2013
筆者の体験したあるケースは、その「発作」の最中に、周囲に助けを求めたり、許しを請うたりする言葉が繰り返され、一見幼少時のトラウマを再現しているようであった。しかし繰り返して脳波をとった結果として異常波が見られ、抗癲癇薬が処方されることで症状が軽快した。
側頭葉と解離症状との関連はすでに諸家により示唆されている。そもそも側頭葉癲癇の症状として解離症状や離人体験が記載されることも多い(永井達哉、山末英典 解離の生物学 リュミエールPp.44-54 。Lanius らは、解離性の症状を示す患者において、側頭葉の活動亢進が見られることを報告している(Lanius, R. A., Williamson, P. c., Boksman, K.,
Densmore, M., Gupta, M., Neufeld, R. W et al. (2002). Brain activationduring
script-driven imagery induced dissociativeresponses in PTSD : A functional
magnetic resonanceimaging investigation. Biological Psychiatry, 52, 305-311)。ただしこのことから解離性の症状を一義的に側頭葉の病理に帰することは無論出来ない。
一過性全健忘、一過性脳虚血発作
一過性全健忘(Transient Global Amnesia)は、DF との鑑別で問題となる可能性がある。患者はある日前触れもなく前向性健忘を来し、新しいことをまったく覚えられなり、同じ質問を繰り返すが、通常 24 時間以内に症状は消失する。原因はさまざまに議論されているが不明であるとされる。(メイヨ・クリニックHPより。)http://www.mayoclinic.org/diseases-conditions/transient-global-amnesia/basics/definition/con-20032746
一過性脳虚血発作(transient ischemic attack、以下、TIA)は解離性、てんかん性症状との鑑別で重要である。症状としては一過性の視覚異常、失語、呂律のまわらなさ、混乱等がみられるが、多くは数分で症状は消失する。一般にTIA の発症は DF のそれより高年齢層でみられ、また症状の時間経過から鑑別は比較的容易である。原因としては脳の一部、脊髄、網膜等に血栓による一活性の虚血状態が生じるためとされる。(米国卒中協会HPより。http://www.strokeassociation.org/STROKEORG/AboutStroke/TypesofStroke/TIA/TIA-Transient-Ischemic-Attack_UCM_310942_Article.jsp