2023年2月16日木曜日

心身問題 1

  私は解離性障害を専門とする立場ですが、そこには精神症状と身体症状を共に訴える人たちがたくさんいらっしゃいます。そしてそこにある種の共通点を見出すことが出来ると思います。それは彼らの精神、身体症状が軽んじられる、ないしは「大したことのないもの」「誇張されたもの」「自作自演」「気のせい」という扱いを受けるということです。精神疾患に関連した身体的な症状は歴史的に見て軽んじられる傾向にあります。いまでもとてもよく聞くのが、身体症状の訴えで身体科にかかった患者さんが、精神科にもかかっていることを伝えると、担当の医師が、除外診断もそこそこに、「だったら精神科の先生とよく相談してください」。「ストレスが原因です」「自律神経のせいでしょう」と言われてしまうということです。

 その様な例として3つの疾患と取り上げたいと思います。一つはME/CFS (Myalgic encephalomyelitis 筋痛性脳脊髄炎/chronic fatigue syndrome) もう一つはPNES、最後がCDです。これらはいずれも疑いの目を向けられていたものですが、最近の脳科学的、生物学的な研究によりどのように理解が代わって来たのかを考えたいと思います。

ただしその前にICDDSMで起こった最近の出来事について触れておきたいと思います。

(以下、だ、である調に変える)

 ICD-11(2022)では二つのことが同時に起きた。それは「心因性」という概念の削除であり、それと関連した転換性障害(変換症)の削除である。この二つの消失は偶然だろうか。

 一つは「心因性」という概念がICD-11から消えたことである。フロイトが考えた心的な葛藤が転換されて身体症状を生むという考えが白紙に戻されたことになる。これは私たちを大いに悩ます問題だ。身体症状に医学的所見が伴わない場合に「精神の問題」と判断されて精神科に回されるケースは行き場を失うことになるのだろうか。

 10年足らず前に発表されたDSM-5では、それでも過渡期の段階と言え、転換性障害(変換症)と機能性神経症状症と並立させている。しかし大事なコメントをしている(p.315)。

1.それが意図的に作り出されたものではない(偽装されたものではない not feigned)という判断を必要としない。

2.二次疾病利得という概念を用いない。なぜならこれも転換性障害に特異的ではないから。

3.La belle indifférence (つまりその症状の性質や意味づけについて関心を示さない)は用いない。

この意図もわかりにくいが、何しろDSM- までは、心的な葛藤やニードの表現であり、疾病利得が存在する、というのが転換性障害の診断基準そのものだったからである。今度はそれを全否定している形を取っている。これはなぜだろうか?

 過渡期的なDSM-IVには次のような表現が見られる。「本疾患においては、疾病利得ということが言われてきているが、その言葉により患者がわざと症状を示していると判断することには慎重になるべきである」とある。
 私は以前から心因性という考え方には懐疑的であったが、それは何にでも心因を考え、疾病利得を想定するという傾向が問題だからである。しかし心因がない、という立場は、これはこれで問題である。何しろ転換症状が解離症状であるとするならば(そして私は少なくともその立場を取っているのだが)それはストレスの存在をほぼ前提としていると言っていい。だから私は心因/疾病利得説は警戒したいが、ストレス・素因説は堅持したい。そこでどこが落としどころと言えるだろうか。その様な問題意識を持ちつつ振り返ってみる。