変換症の脳科学
転換性障害、ないし変換症(以下、CD)は極めて難しい問題だが、心身相関について論じる際には出発点となるような重要なテーマである。従来の考え方はフロイトの疾病利得の考えに沿ったものであった。そしてそれを行うのが抑圧という機制であるという考えだった。ただこれらにはエビデンスはないのではないか、ということからICD-11もDSM-5も心因を問わないという方向に向かっている。私もこれからその路線で行くのかと思っていた。しかし最近の研究はここら辺が少し曖昧になりつつあるという印象がある。
いくつかの研究が示しているのは、ある種のストレスとCDの発症とが関係するという傾向にあるということだ。しかし10パーセントほどの患者にはそのストレスが見当たらず、この存在を診断に必須とするわけにはいかないという研究結果がある。また症状によりある種のストレスを回避できているという問題もある。53パーセントには「逃避現象escape events」が見られ、うつ病の14%よりはるかに多かったという。これについては疾病利得という概念の代わりに、逃避事象escape events という概念を用いるのが最近の傾向である。それは現在のICD-11の一つ前のICD₋10の以下のような表現がこの概念の根拠になっているかのようである。ICDに見られる表現は、Assessment of the patient’s mental state
and social situation usually suggests that the disability resulting from the loss
of functions is helping the patient to escape from unpleasant conflict.
この文章に出てくるescape が意味するところは、要するに症状により不快な葛藤を回避できるという意味だが、 概ね一次ないし二次疾病利得の概念のことである。そしてそれもCDでうつ病より顕著にみられたという。そして以前の性的虐待の既往は高く、その多くがCDの発症に関わっていたという。またCDの患者が記憶の抑制、抑圧を高いレベルで行っているという証拠はなかったという。要するに心因を問わない、というICD-11 のレベルから、一つ前に戻ったということか。
実はこれは私にとっては悩ましい問題である。私の知っているCDの多くのケースが、症状によって困惑し、困らされているという場合が多いのだ。歌手が失声症になり、コンサート活動が出来なくなる、イップスなどにより音楽家が器楽演奏が出来なくなるという例を考えればとてもそれが疾病利得のためとは思えない。ところがこれらの研究は、患者さんの半数は、結果的に病に逃げているということを示している。ただし同時に、半数はそうではないということになる。つまり疾病利得の概念は半分だけ有効、とみるべきだろうか。