2023年1月13日金曜日

デフォルトモード 5

 デフォルトモードということ ちょっと描きなおし

 脳科学の世界では、いわゆるデフォルトモード(ネットワーク)という概念が大いに関心を集めている。知らない人には何のことかわからないであろうが、結構重要な概念だ。
 「デフォルト」というと普通は「~の経済がデフォルトに陥る」、債務不履行になるという意味だが、パソコン関連では工場出荷状態、あるいは「初期値」という意味だ。私の中ではそろばんの計算初めの「ご破算で願いましては‥」の「御破算(ゴハサン)状態」なのだが、この比喩はスマホの電卓機能を使うような時代では死語になりつつある。
 とにかく脳のデフォルトモードという考えはとても魅力的だ。というのもデフォルトモードは脳の「素の」状態を表現しているからである。それはそろばんのご破算状態のように、すべての珠がゼロの状態で動かないというわけではない。それはむしろ算盤の珠がひとりでにフワフワ動いているような不思議な状態である。つまり脳は何もしない状態でも活発に活動をしているのだ。
 「何も考えないように」という指示を受けてfMRIで脳の様子を見てみる。そこには何の活動も見られないのではないか、画像としては何も出てこないのではないか、というのが大方の予想だった。しかし研究者たちはやがて知ることになる。「何もしていない」はずの脳が活動をしている!? いったいどういうことだろうか?
 ネットワークモデルということの意味についてはすでに述べた。脳は巨大なネットワークである。そしてそこでの興奮のパターンがある種の心のあり方を表している。ある種のパターンが心の状態や機能に対応する。例えば言葉を一生懸命話す時は、左前頭葉にあるブローカ野という運動性言語野が興奮するというように。そして何もしていない状態、つまりデフォルト状態ではそこに特に目立った興奮のパターンは見られないと誰もが考えていた。しかしデフォルト状態でそこにパターンがあるということは、何もしていない状態で脳はすでに何かをしているということを意味する。
 ここでデフォルトモードを一番イメージしやすい状況を説明しよう。皆さんはいわゆる「感覚遮断タンク」に入っている。暖かい(というか体温と同じなので、温度を感じない)無音で真っ暗な水の中に身を横たえる。どこからも刺激が入ってこない。そこであなたはあえて何かについて考える、という努力をしないように言われる。といっても全く何も考えてはいけないというわけではない。ただあるテーマについてことさら頭を集中させないということだ。この様な状態はおそらくかなり純粋に近いデフォルトモードと言えるだろう。
 さてあなたはそのタンクに身を委ねながら、「何も考えない」でいることなどできない。当然何かを考えるし、何も見えていない視界に何かを見ることになる。しかしそれはどこからか与えられた形というよりは内部から浮かび上がってくるものだ。勝手にそうなるのである。そのうち人によっては何らかの形が実際に見える感覚にもとらわれるかもしれない。そしてそれはデフォルトモードでも自然と起きてしまうという興奮のパターンを、あなたという主観が体験していることになるのだ。

ここで面白いのはあなたの見えるものは全く何も形のない暗黒では決してなく、またあなたの耳で起きていることも全くの無音ではないということだ。そこで何らかのノイズに似た何か、昔のブラウン管テレビ(死語だろうか)で何も映っていないときに見られる砂嵐のようなものだろう。そう、デフォルト状態でも脳は何かをしている。そしてそのうち何か予想もしないイメージが浮かび上がってくるかもしれない。無の状態のはずの心から、である!!そう、脳は「無」を嫌う。というよりその隙間をすぐ何かで満たす。この感覚遮断が続くと、多くの人はある種の幻覚すら体験するようになるのだ。

いわゆる「シャルル・ボネ症候群」では、視覚や聴覚を病気や事故などで遮断されると、そこにありありと幻覚を見るようになるという現象である。また似た状況に、いわゆる「自生思考」がある。皆さんも入眠の間際の不思議な体験に気が付いた方がおられるかもしれない。ちょうど寝入りばなに心には意味がないながらも形を成した思考や表象が生まれることがある。それをひとりでに生み出される思考、という意味で自生思考というのだ。そう、デフォルトモードには創造の力が備わっている。というよりは創造はデフォルトモードからのみ生れるといってもいいかもしれない。