2023年1月25日水曜日

現代における心身相関の問題 1

  脳科学の進歩により心身医療は新たな段階を迎えたと言えるのだろうか?そうではない。心身の問題はますます私たち臨床家を悩ます。一つの最近のトピックは、「心因性」という概念がICD-9から消えたことであろう。フロイトが考えた心的な葛藤が転換されて身体症状を生むという考えが白紙に戻されたことになる。これは私たちを大いに悩ます。身体症状に医学的所見が伴わない場合に「精神の問題」と判断されて精神科に回されるケースはこれからどうなるのだろう。

ICD-11では二つのことが同時に起きたと言えよう。それは「心因反応」という概念の削除であり、転換性障害(変換症)の削除である。この二つの消失は偶然だろうか。

DSM-5はそれでも過渡期の段階と言え、転換性障害(変換症)と機能性神経症状症とを並立させている。しかし大事なコメントをしている(p.315)。

1.それが意図的に作り出されたものではない(偽装されたものではない not feignedという判断を必要としない。

2. 二次疾病利得という概念を用いない。なぜならこれも転換性障害に特異的ではないからである。

3. La belle indifférence (つまりその症状の性質や意味づけについて関心を示さない)は用いない。

   これらの意図もわかりにくいが、何しろDSM- までは、心的な葛藤やニードの表現であり、疾病利得が存在する、というのが転換性障害の診断基準そのものだったからである。今度はそれを全否定している形を取っている。これはなぜだろうか?

過渡期的なDSM-IVには次のような表現が見られる。「本疾患においては、疾病利得ということが言われてきているが、その言葉により患者がわざと症状を示していると判断することには慎重になるべきである」とある。加藤氏が「精神分析が脳科学と出会ったら」でも書いている通り、変換症にトラウマが存在しないケースがあるのだ。つまり力動的な説明はミスリーディングであったりする。

この心身相関の問題が最も顕著に表れているのが、心因性疼痛、ないしいわゆる身体苦痛症という問題だ。ICDでもDSMでも扱いに苦慮した問題である。これがどう扱っていいかが難しい。ICD-11では転換症状も解離である、という立場を取った。しかし痛みの問題は別問題とばかり、身体苦痛症 body distress disorder としてポツンと孤立させている。しかしこれは先ほどの転換性障害とどこが違うのかは不明である。DSM-5では身体症状症の中にあるので、いわゆる転換性障害と同列に扱われている。精神科医としてもどう扱っていいかわからないのだ。