2022年11月14日月曜日

感情と精神療法 やり直し 推敲 1

簡単に済ますことが出来ると思っていた原稿なのに、書いても書いても満足がいかない。書いてみて初めて分かっていないことが明らかになっていく、という仕組みだ。でも読む側は退屈なんだろうな。 

臨床家フロイトの発見 除反応から転移へ

先達のジョーゼフ・ブロイアーの導きのもとで臨床家となったフロイトは、情動に関してもう一つの興味深い体験を持ったことになる。一部の患者においては、催眠を通して過去のトラウマ体験を回想して情動体験を持った後にヒステリー症状が改善するのを目の当たりにした。いわゆるカタルシス効果や「除反応」と呼ばれる現象との出会いである。ただしすべての患者が催眠に誘導され、除反応を行うわけではないことを悟ったフロイトは、それを催眠を用いることなく緩徐な形で行う方法を考案した。それがいわゆる自由連想法であり、これにより精神分析が成立したのである。フロイトは情動の表現が治癒に導くという発見をする一方では、それが治療者自身に向けられた場合に扱うすべを知らなかった。フロイトの有名な逸話に、ある患者が治療中に突然フロイトの首に手を回し、その直接的な情緒表現に当惑したというものがある(ジョーンズ「フロイト伝」第一巻p250)。情熱家フロイトは、他者からの情緒的な表現には大きな葛藤を体験していたのだ。しかしそれは患者が過去に別の対象に持った感情が、「情動の移動 transport of affection」によりたまたま治療者に向かっただけであると理解した。つまりこれは治療における人工的な産物であると理解し、それを「転移」と名付けた。こうしてフロイトにとって患者の情緒は、それを学問的に理解し、治療の有効な手段として取り扱うべきものとなった。
 私だったら「でもフロイト先生、そもそも患者さんは治療者に強い感情や関心を持っていないことだってあるのではないのですか?」と尋ねたくなる。しかし天国のフロイトは次のように言ってくるはずだ。「もちろんその感情は患者自身にとっては意識化されていないこともあるでしょう。それを抑圧や抵抗と呼ぶのです。」「治療者が自分の姿を現さず、患者の愛の希求を満たさないことでその感情は高まっていくのです。」。恋愛における情熱は、それが成就しないことで維持されていく、したがって治療者はそれに決して答えてはならない、というというフロイトの「禁欲規則」は、彼の婚約時代の実体験に基づいているのであろうというのが私の持説である。
 フロイトのこの転移理論は、様々な議論を経つつもフロイトが考案した非常に重要な概念ととらえられている。そして彼が論じたいくつかの点は今でもかなり妥当なものと考えられる。フロイトは転移感情がかなり激しい場合に、それが治療の妨げとなるという視点を持っていた。彼は治療者に対する陽性の感情の表われを陽性転移、陰性の感情の表われを陰性転移とする分類を行った。そして前者の中でも特に強烈な性愛転移や、激しい敵意などを含む陰性転移を治療の妨げや抵抗となるものとして、それが解釈その他により積極的に扱われて解消されるべきものだとした。そして最終的に「治療の進展にとって邪魔にならない陽性転移 unobjectionable positive transference, UOPTが治療の決め手になるという言い方をしている。つまり治療者に対して向けられた緩やかな陽性の感情こそが治療の進展の決め手となるということである。