このファントム理論はかなり錯綜とした理論であるが、日本大学文理学部心理学科横田正夫(よこた まさお)教授がネット上で「自他の逆転」として説明なさっているので、これを参考にしつつ簡単に説明したい。安永先生はイギリスのウォーコップという哲学者の「パターン」という概念を用いつつ、私達の体験は生きる側面と死を回避する側面を常に対として持っているとする。ちなみにこの話は精神分析ではアーウィン・ホッフマンという学者が弁証的構築主義という理論で同様の説明を行っている。
私達の体験は、自主性が発揮されて、これをしたい、あれをしたいという願望に従って行動を起こすという「A面」と、それが常に「これをしたら後でしっぺ返しが来るかもしれないし、後悔することになるかもしれない」「これをしたら法律違反になってしまう」という抑制的な側面(B面)との妥協形成を行っている。そして重要なのは、私たちが普通何かを行う時には、必ずA面が有意であるという感覚が伴うということだ。そうでないと体験の自然さがなくなる。たとえば自分が他人と出会う場合、自分という体験があり、それに突き当たるものが「他者性」をおびる。それがB面であるという。自他の区別はこのような一方向性を持った体験構造を持つが、それが何らかの形で「逆転」した場合、他はいきなり向こうから襲ってきて不意打ちを食らわせることになる。幻聴などはその典型であり、聞こえた段階で圧倒的なその異質性と共にこちらに侵入してくる。A面≧B面というパターンの逆転(すなわちA面≦B面)が統合失調症の本質部分であるというのがこの理論の趣旨である。横田先生は以上の事情を次のようにまとめていらっしゃる。「他者は自己でないものとして定義できるが、自己は他者でないものとしては定義できないという関係があり、統合失調症ではこの関係が逆転する。つまり他者によって自己が規定されるような事態が生ずる。」