ただし私はこのような考えにも今一つ満足できない。フロイトはこう言っているようである。「UOPTがあれば患者は苦しい治療にも通ってくるであろう。そしてその中で洞察、すなわち症状や自由連想に現れる無意識内容についての解釈を受け入れることで治癒に至る。」つまりは治癒機序とはあくまでも知的な洞察である、と。そして治癒機序そのものに深く情動が絡むことを指摘する人も出てきた。フロイト以降の様々な精神療法が考案される中で、そこに感情の持つ意味を重視する立場は非常に多く見られる。精神分析の世界ではフランツ・アレキサンダーの修正感情体験 corrective emotional experienceが提唱され、多くの賛否を生んだという歴史がある。
アレキサンダーは.フロイトの直系の弟子のハンス・ザックスに教育分析を受けたのちにアメリカ合衆国に移り、シカゴ大学で精神分析理論を自分流に推し進めた。特に精神分析療法の中にそれまで無視されがちであった『温かな共感性・支持性』を強調したのである。アレキサンダーのこの理論は一種のトラウマ理論と言える。患者が過去の親子関係の中で形成した『不適応な感情表現パターン』は治療を通して修正されるべきであるとした。個々の部分、うまくまとめてあるネットの文章から引用。(心理学事典のブログより)
「精神分析療法では、自分の内面にある感情や記憶を吐き出すことでカタルシス効果(感情浄化作用)が期待できる『除反応(談話療法)』や、分析家の考案する『解釈』によってクライアントの内的活動を適応的に変容させようとする『徹底操作』と一緒に『感情修正体験』が用いられることがある。自分の心の中にある感情や考え、記憶などを自由連想法によって解放することで『除反応』が起こるが、精神分析家が行う『徹底操作』ではクライアントの状態や症状に合わせて適切な『解釈』を投与することで自己洞察(自己理解の気づき)を促進させようとする。(アレキサンダーの感情修正体験では、過去の重要な人物(両親・家族)に向けられていた感情や思いを分析家に向け変えるという『転移』の現象が起こりやすいが、分析家が温かな共感的理解をすることで愛情・優しさといった『陽性転移』起こることになる。そして、陽性転移が『自己洞察・自我の強化』による現実認識に結びつくことで、不適応な人間関係や感情生活のパターンが修正されていき日常生活における困難(問題)も改善されるのである。)
アレキサンダーの修正情動体験は精神分析の内部からは十分考えられていたとは言えないが、それがこの療法が操作的で特定の感情を誘導するようなニュアンスがあっただけではない。感情に焦点を置くこと自体が知的な洞察を希求していた精神分析の方針に反していたからである。患者の情動に働きかけるアプローチはむしろ「示唆」に向かう支持的なアプローチであるという考えが大勢を占めたのであろう。