情動を扱う方法としての転移
フロイトは情動の表現が治癒に導くという大発見を治療的な手法に応用することを考えた。しかしそれは最初はある種の犠牲を伴うものであった。
フロイトの有名な逸話に、ある患者が突然フロイトの首に手を回し、フロイトはその愛情表現に驚かされたというものがある。ジョーンズ「フロイト伝」第一巻p250によればフロイトはアンナOについての治療の発表を渋るブロイアーに次のように伝えたという。「ブロイアー先生、アンナOとのことは気にしなくても大丈夫ですよ。私だってある患者さんが情動の移動 transport
of affection により私の首に抱き着いてきたことがあります。でもこれはある種のヒステリーによる、不都合な出来事 untoward occurrences で、「転移」というべきものなのです。」
フロイトは次のようにも語っている。「ある女性患者が私にキスをしたいという願望がわき、恐れおののいた。しかしかつてある男性に無理やりキスされたことに由来する願望を想起し、それと関係していることを知り、その女性は落ち着いた」。
このことが分かってから、同じようなことが起きても、私はそれを「誤った結合」の結果であると理解するようになった。同様のことが生じた際にブロイアーはアンナOの治療を放棄してしまったとされるが、それはこの転移が実はいわば幻の感情だとあつかうことで治療の助けになると考えるようになったわけである。フロイトがこの種の強い情動について、最初はそれを治療を妨げるものと考えていたことはよく知られる。これが彼が「転移抵抗」と呼んだものである。ただ彼はそのうちにこの種の感情を治療を展開する上で有効なものと捉えるようになった。
フロイトにすれば治療において患者が情動表現をすることについては願ってもないことだったが、問題はそれが治療者自身に向けられた場合にそれをどのように扱うべきかのすべを知らなかったことである。しかし彼はそれを見事に知性化することで、治療メソッドに仕立て上げたのである。この厄介な出来事は、しかしそれを学問的に理解し、取り扱うことで治療の有効な手段となるという方向転換をしたことになる。