高機能のサイコパスとは何か?
― その心理療法的アプローチの可能性
サイコパスに関する議論を盛り立てたのがRobert
Hareである。また本発表のテーマに関して大きな影響を与えてくれたのが、Kevin
Dutton の「サイコパス・秘められた能力」とJames
Fallon の「サイコパス・インサイド」という著述である。特に後者はサイコパスの「当事者」でもある学者が記述したものとして稀有の存在である。
ところでここでDSM-5による反社会性パーソナリティ(ASPD)とサイコパスの関係を知っておくことは重要である。結局ASPDとサイコパスは似て非なるものであり、サイコパスは空虚で情緒が欠如している。いわばASPDから情動をマイナスしたのがサイコパスだ、というのが Dutton の主張である。サイコパスの脳科学的な所見としては、眼窩前頭皮質(~前頭前皮質腹内側部、前帯状皮質)や扁桃核の活動低下が見られることが特徴であるとされる。そのせいか Lilienfeld が示すとおり、サイコパスの主たる特徴は罪を犯すことというよりは、恐れを知らず不安レベルが低いことであるとされる。ただし彼らの脳の機能は低下しているだけでなく、ある種の特殊な能力を有するとも考えられる。
Fallon は、自分は脳画像上はサイコパスと同じ特徴を持つという。そして自己を「口達者であり、刺激を求め、退屈しやすい。また共感能力が欠如している」とする一方では、反社会性、衝動性、破壊性、虚言癖などは見られなく、高い知性を備えて、極めて生産的であるとしている。そしてこれが重要なのだが、彼はサイコパスのほとんどが幼児期に虐待を受け、片親や両親を失っているが、自分はそうではなく、十分な愛情を与えられて育ったというのだ。ではサイコパス性を備えた彼が、なぜ慈善活動をしたり、博愛性を発揮したりしているのだろうか。それについてFallonは、自分は科学者として、内面は変わらず行動面ではよりよい行いをし、共感的なふるまいをすることが出来ることを証明したかったとする。つまり彼は自分の自己愛の満足の為に博愛的にふるまっているだけだというのだ。
上述のFallon の言葉に基づき、以下の諸点を結論としてあげたい。高機能のサイコパスとは、サイコパスのうち高知能で、かつ第4因子(反社会性)を有しない、一つのサブタイプとして理解し得る。そして彼らの予後ないしは社会性の維持のためには、性倒錯としてのサディズムを有しないことが必須の条件となるであろう。
多くの人において、特定の状況で特定の人を対象にしてサイコパスのスイッチが入る(外れる)可能性はあるであろう。例えばいわゆる「戦士の遺伝子」を持つ人間、有能な格闘家などはこのスイッチオン、オフを見事に使い分ける人たちの例に挙げられる。そして通常の人間は戦場などにおいて「解離」によってしかサイコパスのスイッチを入れることが出来ないのであろう。
治療に関しては、残念ながら、彼らに共感的になることを期待することは無理だろう。治療は彼らの好社会性が自己愛的な満足と結びつけることで部分的には可能ではないか。それは彼らが人を助けるための行動を行うことで、自己愛的な満足と引き換えに、自分たちのサイコパス性をある程度克服するという可能性を意味するのである。