2022年10月20日木曜日

感情と精神療法 4

 転移感情は自然発生的なものだろうか?

 ここで私はもう少し臨床の現実に照らした考えを示したい。治療関係においてある種の情緒的な交流が起きることはしばしばある。それは間違いのないことである。ただし情緒的な交流がそのまま治療の進展につながるとは限らない。ある種の情緒的な交流が治療の進展や行き詰まりを生むことは確かなことである。

 現在のSNSの社会では、利用者が特定の医師や治療者に対するかなり率直なコメントを残し、それを不特定多数の利用者が目にすることが出来る。いわゆる「口コミ」というものだ。それはある意味では深刻なプライバシーの侵害を招きかねないという懸念を私は持つが、少なくともそこから散見されることは、利用者は治療者に助けられ、支持されることでの尊大な、あるいは上から目線の態度に憤慨し、傷ついているということである。時には同じ治療者がある利用者からは感謝の気持ちを表現され、別の患者からは傷つけられたという体験を有しているということである。

この件に関して「加速的な変化」AEDP を提唱しているダイアナ・フォーシャが、ダーバンルーの情緒に満ちたセッションから学ぶと同時に感じたことが書かれている部分が興味深い(フォーシャ「人をはぐくむ愛着と感情の力」福村出版)。

一つ言えるのは、治療の促進につながる患者からの情緒的な関り、ないしは「治療的な陽性転移」は、促されない、ある種の自然発生的な形で生じた場合にこそ意味があるのであろう。それはしかし治療者の側からの誘いかけが不必要であるとは限らない。それが有効な場合もあるから複雑である。

例えばあなたがある先生に魅かれ、その先生について深く何かを学びたいと思うという。その先生にあなたは最初は特に関心を持たないかも知れない。しかしある時その先生に「これを読んで御覧なさい」と何気なく渡された本からその先生の研究分野について興味を覚えるとしたらどうだろう。その先生は貴方が潜在的に興味を持ってはいても意識しなかった部分に気づかされたのである。するとその先生のかかわりはある意味では非常に貴方にとっての意味を持っていたことになるだろう。