2022年9月21日水曜日

不安 推敲の推敲の推敲 3

 不安の精神病理学とは「不安システム」の失調ないしは機能不全を意味するが、それは具体的にはT不安、D不安が病的に高まる状態として理解される。まずT不安が異常に高まる状況としては、トラウマ的な状況そのものが深刻で心に深い傷跡を残す場合である。トラウマ的な状況により生じるトラウマ記憶(より専門的には「恐怖関連記憶 Fear-Related Memoryと呼ばれる」が通常の記憶といかに異なる性質を有するかについては近年さまざまな研究がなされている。トラウマ的な状況で分泌が促進されるストレスホルモンは、扁桃体における情動的な出来事の刻印付けを促進すると同時に海馬の機能を抑制し、それが通常のエピソード記憶とは異なるトラウマ記憶の形成を促す。

トラウマ記憶はフラッシュバックの形で蘇る頻度も非常に高く、またそれに対する心の準備を行うまでには時間がかかる。そのために必然的にD不安も高まり、継続的に体験されることになる。これは例えばパニック発作やトラウマの体験の後に生じるフラッシュバックのような場合であり、いずれも扁桃体の異常な過活動を意味する。パニックに関しては青斑核による過活動が扁桃体を刺激し、不安と共に様々な自律神経症状を生み出す。またトラウマ記憶においては、仮説的にではあるが、海馬がトラウマ的な状況を「憶えて」いて(Stahl, p.372)、それが扁桃核を介して恐怖反応を引き起こすことを繰り返す。

特定のトラウマ記憶が時間と共に忘却(消去)されるどころか、逆にさらに強化(再固定化)されてしまうという事態についての研究も進められている。喜田によればトラウマ記憶の再想起の行われる際の時間経過によりどちらかが決定されるとする。また治療中にトラウマ記憶を呼び起こす際に特殊な薬物(Psilocybin, MDMAなど)の注入により再固定化を阻止するという試みもなされている(Stahl,p.376)。